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連載「市場をどう見るか第三回

防衛市場をどう見るか

防衛市場をどう見るか

地政学、AI、宇宙、サイバーが交差する、国家の最重要ディープテック市場。KPMGで監査、IPO、M&A、財務戦略に関わってきた立場から見ると、防衛市場は単なる兵器調達や軍需産業ではありません。安全保障、産業政策、AI、宇宙、半導体、サイバー、エネルギー、通信インフラが一体となった、国家競争力そのものを左右する巨大なディープテック市場です。

DEEPPOINT編集部DEEPPOINT編集部
公開 2026.07.09更新 -

KPMGで監査、IPO、M&A、財務戦略に関わってきた立場から見ると、防衛市場は単なる兵器調達や軍需産業ではありません。安全保障、産業政策、AI、宇宙、半導体、サイバー、エネルギー、通信インフラが一体となった、国家競争力そのものを左右する巨大なディープテック市場です。

用語解説

防衛市場:国家の安全保障を目的として、装備品、通信、宇宙、サイバー、AI、補給、保守、訓練などを提供する産業領域。

安全保障:国家、国民、社会インフラ、経済活動を外部脅威や危機から守る考え方。

デュアルユース:軍事・防衛用途と民生用途の両方に使える技術。AI、衛星、ドローン、サイバー、半導体などが代表例。

防衛市場の構造は、冷戦期の大型装備中心から、情報・無人化・精密化・ネットワーク化へ移行しています。戦車、艦艇、航空機、ミサイルといった装備だけでなく、衛星、ドローン、電子戦、サイバー防衛、AIによる意思決定支援、センサー融合、ロジスティクスの高度化が重視されるようになっています。

用語解説

電子戦:電波、通信、レーダー、GPSなどを妨害・防護・利用する作戦領域。

センサー融合:レーダー、衛星、ドローン、カメラ、通信情報など複数の情報を統合して状況認識を高める技術。

ロジスティクス:装備、燃料、弾薬、部品、人員を必要な場所へ届け、維持する補給・運用基盤。

参照図表1:世界防衛市場規模の推移

防衛市場の最も分かりやすい指標は、世界の軍事支出です。SIPRIによれば、2024年の世界軍事支出は2兆7,180億ドルに達し、2023年比で実質9.4%増となりました。これは少なくとも冷戦終結以降で最も急な前年比上昇であり、世界の軍事支出は10年連続で増加しています。

用語解説

SIPRI:Stockholm International Peace Research Instituteの略。世界の軍事支出、兵器移転、紛争、安全保障を分析する代表的研究機関。

軍事支出:人件費、装備調達、研究開発、運用維持、施設、訓練など、防衛に関する政府支出。

実質増加:物価上昇の影響を除いた増加率。実際の購買力ベースで支出が増えていることを示す。

図表1:世界軍事支出の推移

単位:十億米ドル。2024年はSIPRI公表値。2015年は2024年が2015年比37%増であることから逆算した概算。

この増加は、単なる一時的な防衛費増ではありません。欧州、中東、インド太平洋での緊張、サイバー攻撃、無人機の普及、宇宙利用の軍事的重要性、サプライチェーン保護の必要性が、防衛市場を構造的に押し上げています。

用語解説

インド太平洋:日本、東南アジア、インド、豪州、太平洋を含む広域安全保障上の重要地域。

無人機:人が搭乗せず遠隔操作または自律制御される航空機・車両・船舶。ドローン、無人地上車、無人艇など。

サプライチェーン保護:半導体、エネルギー、通信、食料、医薬品など重要物資の供給網を守る取り組み。

1. 防衛とは何か

防衛とは、国家の主権、国民の生命、社会インフラ、経済活動を外部脅威から守るための総合システムです。従来は陸・海・空の装備が中心でしたが、現在は宇宙、サイバー、電磁波、情報、AI、経済安全保障まで含む多層的な領域に広がっています。

用語解説

主権:国家が自らの領土、国民、政治体制を独立して統治する権利。

電磁波領域:通信、レーダー、GPS、電子戦など、電波・電磁波を利用する安全保障領域。

経済安全保障:重要技術、資源、データ、サプライチェーンを守り、国家の経済基盤を維持する考え方。

防衛技術の特徴は、極限環境での信頼性が求められる点です。通信が妨害される、GPSが使えない、敵対的なサイバー攻撃を受ける、補給が途絶える、過酷な気象下で稼働する。こうした状況でも機能する技術が求められます。

用語解説

レジリエンス:障害、攻撃、災害を受けても機能を維持・回復できる能力。

GPS妨害:衛星測位信号を妨害し、位置情報や時刻同期を不安定にする攻撃。

ミッション・クリティカル:失敗が重大な損害につながる重要業務・重要システム。

参照図表2:防衛バリューチェーン図

防衛産業を理解するには、完成装備品だけを見るのでは不十分です。研究開発、基幹部品、プラットフォーム、C4ISR、運用・補給、訓練・保守までが一体になって、防衛力を形成します。

図表2:防衛バリューチェーン図

防衛は、研究開発から装備、指揮統制、運用維持までを含む長期ライフサイクル型の産業。

領域主な役割代表的技術・プレイヤー
研究開発将来装備と基盤技術を開発するAI、宇宙、量子、材料、推進、通信、DARPA型研究機関
基幹部品装備の性能を左右する重要部品を供給する半導体、レーダー、光学センサー、エンジン、電池、複合材料
装備品実際の作戦・抑止に使われるプラットフォームを作るLockheed Martin、RTX、Northrop Grumman、BAE Systems、三菱重工、川崎重工
C4ISR情報を集め、共有し、意思決定する衛星、レーダー、通信、指揮統制、Palantir、Anduril、各国防衛IT企業
運用・補給装備を継続稼働させるMRO、弾薬、燃料、部品、サプライチェーン管理、防衛クラウド
訓練・保守人員育成、装備寿命延長、性能向上を行うシミュレータ、XR訓練、デジタルツイン、予知保全
区分領域主な構成要素
Layer 01研究開発AI、材料、推進、センサー、通信、暗号、宇宙、無人化
Layer 02基幹部品半導体、エンジン、電池、レーダー、光学、電子部品
Layer 03装備・プラットフォーム航空機、艦艇、車両、ミサイル、ドローン、衛星
Layer 04C4ISR指揮、統制、通信、コンピュータ、情報、監視、偵察
Layer 05運用・補給整備、弾薬、燃料、部品、サプライチェーン、防衛クラウド
Layer 06訓練・保守シミュレーション、MRO、アップグレード、デジタルツイン
用語解説

C4ISR:Command, Control, Communications, Computers, Intelligence, Surveillance and Reconnaissanceの略。指揮統制・通信・情報・監視・偵察を統合する概念。

MRO:Maintenance, Repair and Overhaulの略。装備品の整備、修理、分解点検。

デジタルツイン:現実の装備や戦場環境を仮想空間に再現し、訓練・保守・運用最適化に使う仕組み。

2. 防衛分野における技術課題とは

第一の課題は、脅威の多様化と高速化です。ミサイル、ドローン、サイバー攻撃、衛星妨害、情報戦、経済的威圧が同時に発生する時代になりました。これに対応するには、単一装備の性能ではなく、センサー、通信、AI、指揮統制を統合したネットワーク型防衛が必要になります。

用語解説

ネットワーク型防衛:複数のセンサー、部隊、装備、通信網をつなぎ、全体として状況認識と対応力を高める防衛構想。

情報戦:偽情報、心理戦、世論操作、情報操作を通じて相手の意思決定に影響を与える活動。

経済的威圧:貿易、投資、資源、技術輸出などを使って他国に圧力をかける行為。

第二の課題は、量とコストです。高性能装備は極めて高価で、量を揃えることが難しくなっています。一方、低コストなドローンや巡航兵器が大量に投入される時代には、高価な迎撃手段だけでは費用対効果が合いません。防衛市場では、高性能装備と低コスト量産装備の組み合わせが重要になります。

用語解説

費用対効果:投入した費用に対して得られる防衛効果。低コスト攻撃に高額迎撃を使い続けると非効率になる。

低コスト量産:高価な少数精鋭装備だけでなく、比較的安価な装備を大量に生産・配備する考え方。

迎撃:飛来するミサイルやドローンなどを撃ち落とすこと。

第三の課題は、サプライチェーンと生産能力です。防衛装備は一度導入すれば終わりではなく、弾薬、部品、整備、アップグレードを長期間維持する必要があります。紛争が長期化すると、研究開発力だけでなく、製造力、補給力、在庫管理力が防衛力そのものになります。

用語解説

防衛生産基盤:装備、弾薬、部品、整備能力を国内または同盟国で安定的に供給する産業基盤。

在庫管理:必要な弾薬・部品・燃料を適切な量と場所で確保する運用。

アップグレード:既存装備に新しいセンサー、ソフトウェア、通信、武装を追加して性能を高めること。

参照図表3:技術ブレイクスルー整理図

防衛のブレイクスルーは、単一兵器の高性能化だけでは起きません。AI、無人化、宇宙、サイバー、電子戦、精密誘導、量産技術、エネルギー、データリンクが組み合わさることで、作戦全体の速度と精度が変わります。

図表3:防衛技術ブレイクスルー整理表

課題、解決技術、主要プレイヤー、主なアプリケーションを対応させて整理。

技術領域解決する課題主要プレイヤー・技術主なアプリケーション
AI指揮統制意思決定速度、情報過多、複数領域統合Palantir、Anduril、各国防衛AI、データ融合基盤状況認識、作戦計画、補給最適化
無人化・自律システム人的リスク、広域監視、低コスト量産UAV、UGV、USV、ドローンスウォーム偵察、監視、補給、危険任務
宇宙安全保障測位、通信、監視、早期警戒衛星コンステレーション、SAR衛星、光通信ISR、通信、ミサイル警戒、災害対応
サイバー・電子戦通信妨害、侵入、情報窃取、指揮系統破壊ゼロトラスト、暗号、EW、電波監視重要インフラ防護、通信防護、攻撃検知
精密誘導・防空迎撃効率、長距離対応、多目標対応レーダー、赤外線、誘導制御、統合防空ミサイル防衛、ドローン対処、艦艇防空
防衛クラウド・データリンク部隊間情報共有、リアルタイム連携タクティカルクラウド、衛星通信、メッシュ通信共同作戦、遠隔操作、センサー融合
防衛製造・3Dプリント部品不足、修理速度、分散生産積層造形、デジタル在庫、MRO自動化前線修理、部品供給、装備寿命延長
用語解説

UAV / UGV / USV:無人航空機、無人地上車両、無人水上艇の略。

ドローンスウォーム:多数のドローンが協調して行動する仕組み。

SAR衛星:合成開口レーダー衛星。雲や夜間でも地表を観測できる。

ゼロトラスト:すべての通信・端末・ユーザーを信頼せず、常に検証するセキュリティ設計。

3. 防衛における技術的解決、すなわちブレイクスルーとは

第一のブレイクスルーは、AIによる意思決定支援です。現代の安全保障では、衛星、レーダー、ドローン、通信、サイバー情報が大量に発生します。人間だけで処理するには限界があり、AIによる情報整理、異常検知、優先順位付け、補給計画が不可欠になります。

用語解説

意思決定支援:人間の判断を補助するため、情報整理、予測、選択肢提示を行う技術。

異常検知:通常とは異なる通信、移動、攻撃、故障の兆候を検出すること。

優先順位付け:限られた人員・装備・時間を、重要度の高い対象へ配分すること。

第二のブレイクスルーは、無人化です。無人機、無人車両、無人艇は、危険地域での偵察、補給、監視に適しています。重要なのは、単体性能よりも、低コストで量産でき、通信が不安定でも一定程度自律的に動き、複数機が連携できることです。

用語解説

自律性:人間の常時操作なしに、環境を認識し、判断し、行動できる能力。

偵察:敵や地形、施設、状況を把握するために情報を収集する活動。

複数機連携:複数の無人機やロボットが情報共有しながら協調して動くこと。

第三のブレイクスルーは、宇宙とサイバーの統合です。衛星は測位、通信、監視、早期警戒を担い、サイバーはその通信・データ・指揮統制を守ります。今後の防衛力は、物理的な装備だけでなく、宇宙からの情報取得とサイバー防護をどれだけ統合できるかで決まります。

用語解説

早期警戒:ミサイル発射や異常活動を早期に検知し、対応時間を確保する仕組み。

指揮統制:部隊や装備に指示を出し、作戦全体を管理する仕組み。

サイバー防護:情報システム、通信、データ、重要インフラをサイバー攻撃から守ること。

4. ブレイクスルーを担うプレイヤーとアプリケーション

防衛市場を牽引するのは、従来の防衛大手だけではありません。Lockheed Martin、RTX、Northrop Grumman、BAE Systems、Leonardo、Thales、三菱重工、川崎重工、IHIなどに加え、Palantir、Anduril、SpaceX、Shield AI、Helsingのようなソフトウェア・宇宙・AI企業が存在感を高めています。

用語解説

防衛大手:航空機、艦艇、ミサイル、レーダー、通信などを政府向けに提供する大規模防衛企業。

防衛スタートアップ:AI、ドローン、宇宙、サイバー、データ解析など新技術で防衛市場に参入する新興企業。

政府調達:政府が防衛装備、システム、サービスを購入する調達プロセス。

アプリケーションで見ると、成長領域は、無人機、宇宙監視、サイバー防衛、統合防空、電子戦、AI指揮統制、防衛クラウド、弾薬・補給、訓練シミュレーションです。特に防衛市場では、AIとサイバーは単独領域ではなく、ほぼ全装備に組み込まれる横断技術になります。

用語解説

統合防空:航空機、ミサイル、ドローンなど複数脅威に対し、センサーと迎撃手段を統合して防御する仕組み。

防衛クラウド:防衛用途に適したセキュアなクラウド基盤。情報共有、分析、指揮統制に使われる。

訓練シミュレーション:仮想環境で作戦、操縦、整備、判断を訓練する仕組み。

原田浩志としての市場観:防衛は「国家の総合技術力」である

私が防衛市場を見るうえで最も重要だと考えているのは、防衛が単なる軍事費ではなく、国家の総合技術力を映す市場であるという点です。半導体、AI、宇宙、通信、サイバー、エネルギー、材料、製造力、金融力、外交力が、防衛力として統合されます。

用語解説

総合技術力:複数の先端技術を組み合わせ、国家・企業として実装する力。

製造力:装備品や部品を安定して量産・維持できる能力。

外交力:同盟、輸出管理、共同開発、技術協力を進める国家間の調整力。

一方で、防衛市場には大きなリスクもあります。政府予算への依存、輸出規制、政治リスク、長い開発期間、品質要求、倫理的論点、サプライチェーン制約です。特にAIと自律システムでは、人間の判断、責任、透明性をどう担保するかが重要になります。

用語解説

輸出規制:防衛装備や重要技術を海外へ移転する際の制限。

倫理的論点:自律兵器、民間被害、AI判断、説明責任などに関する社会的・法的な問題。

説明責任:なぜその判断・行動が行われたのかを説明し、責任を負うこと。

防衛は、兵器市場ではなく、国家の技術、産業、データ、サプライチェーンを統合する「総合安全保障産業」である。

今後の勝ち筋は、単に高性能な装備を作ることではありません。AI、宇宙、サイバー、無人化、量産、補給、保守を一体で設計し、現実の危機に耐えられるシステムを作れるかどうかです。防衛市場の勝者は、装備単体ではなく、ネットワーク化された防衛システムを継続的に進化させられる企業になると考えています。

用語解説

総合安全保障:軍事だけでなく、経済、技術、エネルギー、食料、サイバー、宇宙を含めて国家を守る考え方。

ネットワーク化:装備、部隊、センサー、通信、AIをつなぎ、全体として機能させること。

継続的進化:ソフトウェア更新、データ活用、装備改修により、防衛システムを常に改善すること。

参考資料

  1. SIPRI, “Trends in World Military Expenditure, 2024.” https://www.sipri.org/publications/2025/sipri-fact-sheets/trends-world-military-expenditure-2024
  2. SIPRI, “Unprecedented rise in global military expenditure as European and Middle East spending surges.” https://www.sipri.org/media/press-release/2025/unprecedented-rise-global-military-expenditure-european-and-middle-east-spending-surges
  3. Grand View Research, “Military Robots Market Size & Share, Industry Report, 2030.” https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/military-robots-market-report
  4. NATO, “Artificial Intelligence Strategy.” https://www.nato.int/cps/en/natohq/official_texts_187617.htm
  5. U.S. Department of Defense, “Data, Analytics, and Artificial Intelligence Adoption Strategy.” https://media.defense.gov/2023/Nov/02/2003333300/-1/-1/1/DOD_DATA_ANALYTICS_AI_ADOPTION_STRATEGY.PDF
  6. CSIS, “The Future of Defense Innovation.” https://www.csis.org/
  7. RAND, “Artificial Intelligence and National Security.” https://www.rand.org/topics/artificial-intelligence-and-national-security.html
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