前編では、セキュリティの本質は「破られないこと」ではなく「破られたときに立て直せること」だと学びました。
後編では、「では信頼はどこから生まれるのか」という問いに踏み込みます。AIがなりすましを完璧にこなす時代に、本当に相手を信頼する方法とは。森田さんの答えは、テクノロジーが進めば進むほど、ある意味でアナログな方向へ向かっていました。
- AIの時代に「最強のセキュリティ」が「対面で会うこと」である理由
- 電力取引になぜ金融取引レベルのセキュリティが必要なのか
技術が進むほど、信頼の起点は「対面」に戻っていく

AIがなりすましまでできるようになったら、デジタルで相手を信頼するのはもう無理なんでしょうか?
答えはシンプルで、「一度対面で会うこと」が最強のセキュリティです。
たとえば今、RUNAさんと私はこうしてオンラインで話しているでしょう。一度リアルで会って、声も顔も知っている。メールアドレスも直接交換した。これが「マルチファクタ認証」そのものなんです。
今度またデジタルでやり取りするとき、声も知ってる、顔も知ってる、どこで会ったかも知ってる。複数の情報が一致して初めて「あ、あの人だ」と確認できる。AIは一つの要素は真似できても、この組み合わせを全部突破するのはまだ難しい。

20年以上前に私が特許として出した「トラステッドリンク」という概念があります。「信頼の輪」という意味ですね。
仕組みはこうです。各個人は銀行口座を持っている。お店に行くと、お店の端末と自分の端末がNFC技術で乱数を送り合って、それがぐるっと回って同じ値が戻ってきたら「このリンクは正しい」と確認できる。銀行間の信頼ネットワークを使った、個人対個人の取引です。
電子決済サービスのような中央集権的な決済ではなく、銀行間を介した信用の輪で直接つながる。そうすると決済がその日のうちに完結して、お店は翌日には材料を買いに行ける。誰かの手数料を払わずに。

電力取引に、なぜ金融レベルのセキュリティが必要なのか

前回の電力の記事で「電力をポイントのように取引する未来が来る」という話を聞きました。電気のやり取りにも、こうしたセキュリティの仕組みが必要になるんですか?
必要どころか、金融取引と同レベルのセキュリティが必要になります。理由は2つあります。
1つは個人情報の問題。前回の記事でも話しましたが、電力の使用パターンを見れば、その家の生活リズムが丸見えになる。いつ起きて、何を食べて、いつ外出したか。これは立派な個人情報です。
もう1つはもっと根本的な話で、電気は「兌換(だかん)エネルギー」、つまり現代社会の必須インフラです。これが外部から勝手に制御されるということは、個人の生命に関わる問題になる。だからこそ電力のやり取りには、FeliCaで培ったセキュリティ設計の思想がそのまま使えると思っています。

暗号化の未来は?量子コンピュータの後に来るもの

最後に、暗号化の未来についてどう考えていますか?セキュリティが突破される技術が進んでいけば、今の暗号は全部破られてしまうんでしょうか。
量子コンピュータが普及すれば、今主流のRSA暗号などは破られます。だから今すでに「耐量子暗号」への移行が世界中で始まっている。技術者の世界では喫緊の課題です。
ただ面白いことに、「昔は言語の違いや方言が暗号の一部だった」という側面もある。同じ地域のコミュニティの中でしか通じない言葉は、それ自体が暗号でした。対面でコミュニケーションしなくなる世界では、「いかに相手を信頼できるか」が鍵になる。
結局、技術が進めば進むほど、信頼の原点は人と人との関係に戻っていく。マルチファクタ認証も、その延長線上にある話です。

