「AIに聞けば、なんでも答えが出る」と思っていませんか?
AIに質問すれば秒で回答が返ってくる時代に、110件以上の特許を持つ発明家・森田直さんは、今日も歩きながら、歯を磨きながら、眠りにつく前に頭の中で「課題」を考え続けています。
FeliCaを生んだレジェンドが、発明の本質と、「知るとはどういうことか」を教えてくれました。連載「レジェンドが語るDeepTech」の最終回です。
- 110件の特許はどんな「日常の習慣」から生まれたのか
- 「体に接地する」知識の本質
- AIに聞いても発明できない理由と、セレンディピティの正体
- FeliCa技術を組み込んだ国際標準NFC技術の開発に携わった森田さんが考える「DeepTech」とは
発明は、日常の中に宿る

森田さんはどうやって「発明のアイデア」を生み出すんですか? 毎日どんなことを考えながら過ごしているのか、気になります。
歩いているときも、歯を磨いているときも、シャワーを浴びているときも、ずっと「課題を想定して、それを解決したらどんな世界が広がるか」を考えながら動いています。
寝る前には「みんなが喜ぶ夢を見よう」と思いながら課題の解き方を考えて眠る。そうすると疲れてよく眠れるんですよ(笑)。で、夜中に目が覚めてメモを取ることもある。朝そのメモを見て、ゴミ箱に投げ入れることがほとんどですけど、時にはそのまま発明報告書を書き上げることもありました。
そういうときは、回路図もフローチャートもシーケンス図も頭の中で全部できていて、数ページを一気に書けてしまう。それを支えているのは、長年積み重ねてきた電気回路設計やソフトウェア設計の経験なんです。


「経験が積み重なって初めてわかる」というお話でしたが、それってどういう感覚なんですか?
僕は電気屋なので、「アース」に例えたいんだけど。


……コンセントとかの「アース」であってますか?
そうそう。英語でEarth=地球という意味で、電気の片方を地面につなぐことで電位の基準点を作る。知識も同じで、ただ頭に入れるだけでは「接地」されていないんですよ。体験や経験を通じて「自分の体に接地する」ことで初めて、言葉に力が宿り、自在に使えるようになる。今日ボウリングをしてきたんですが、あれも同じです。


え、今日ボウリングしてきたんですか。
はまっててね。ボウリングは一投投げて、「こうすれば改善できるかも」と考えて実際に投げてみる。うまくいかなかったとき、初めて「なるほど、だからあの技術が必要だったんだ」とわかる。その瞬間、知識が「接地」される。AIに聞いて「ふーん」で終わったことは、翌日には忘れていますよね。


確かにそうですね。AIに聞いたことで「体に接地した」という感覚になったことはないかもしれません。体験って大事ですね。
AIには、発明はできない

「AIに聞けばなんでも答えが出る」と思っている人は多いと思います。発明家の森田さんからみて、どうですか?
私もバリバリAIを活用しているという前提のもと、お話しますね。今までの知見をAIに聞くことでは、特許は取れないし新しい技術も生まれません。AIは過去のデータから答えを出す。でも発明は「まだ誰も解いていない問い」を立てることから始まります。
歴史を学んで幅広い知見を得て、経験を積み重ねる。その上に初めて「セレンディピティ(予期せぬ発見)」が起きる。偶然のように見えて、それは準備された人にだけ訪れる必然なんです。
私の場合は課題を想定して、その課題を解決するとどんな世界が広がってみんなが喜ぶのかを想像しながら歩いたり、眠りにつく。時に夜中に目が覚めてメモを取る。朝そのメモがゴミ箱行きでも、次の種になっている。こういうサイクルは、AIには代替できないと思っています。


では、最後に聞かせてください。森田さんが思う「DeepTech」とはなんですか? DEEPPOINTとして、インタビューさせていただいた方全員に聞いている質問です。
実は「DeepTech」という言葉を知らなかったので、AIに聞いてみたんです(笑)。そうしたら「社会課題を解決するための科学・技術に基づいたイノベーション」という定義が出てきた。
そもそも、なぜ私たちはイノベーションを期待するのでしょうか。GAFAMのようなビジネスを作りたいから? 違うと思う。
アリストテレスの「ニコマコス倫理学」には、「善を行い幸福を目標とする」という言葉があります。「和をもって尊しとなす」という精神が溶け込んだ日本文化。その精神で技術を進化させること。役に立つ技術は、人を幸せにする技術でなければならない。それが私の考えるDeepTechです。

握手は、ちゃんと握り返す

最後に、これからDeepTechの世界に飛び込もうとしている若い世代へ、メッセージをお願いします。
まず「体に接地する」ことを大事にしてほしい。本を読む、人に会う、実際に手を動かす。AIは過去の知識を整理してくれるけど、未来を切り開く問いは、体験を積み重ねた人間の中からしか生まれないですから。
それから、挨拶を大事にしてください。ヨーロッパの握手のルールを知っていますか? 握手は「出会ったとき」と「別れるとき」にするものなんです。初めて会ったとき、スキンシップをすると脳内にオキシトシンという物質が出て、相手を記憶に刻む。別れるときにも握手するのは、その人を覚えていたいから。
対面で人と会うことが、セキュリティの基盤であり、イノベーションの起点でもある。デジタルが進めば進むほど、「人間らしさ」の価値が上がっていくと思っています。握手するとき、ちゃんと握り返してください。

森田さんのおすすめ書籍
インタビューの中で登場した書籍と、森田さんが学びを得たという書籍を紹介します。
発明と知識の本質を知る
『頭はよくならない』 小浜逸郎
人間と社会の本質を問う
『サピエンス全史』 ユヴァル・ノア・ハラリ
『21 Lessons』 ユヴァル・ノア・ハラリ
『暇と退屈の倫理学』 國分功一郎
世界の仕組みを物理で読む
『すごい物理学講義』 カルロ・ロヴェッリ
『世界は「関係」でできている』 カルロ・ロヴェッリ
エネルギーと資本主義の歴史
『エネルギーをめぐる旅』 古舘恒介
『アダム・スミス』 堂目卓生
『NEXUS 情報の人類史』 ユヴァル・ノア・ハラリ
全5回にわたって森田さんに聞いた「電力」「セキュリティ」「発明」の話は、すべて同じ一つの哲学につながっていました。中央集権への抵抗、破られることを前提にした設計、そして体に接地した知識。「和をもって尊しとなす」精神で技術を進化させることが、森田さんの考えるDeepTechです。
