山梨県小菅村(こすげむら)では、ドローンが空を飛んでいる日常が当たり前だ。人口約600人。自販機すらない集落の端に拠点を構え、5年以上にわたってドローン配送を続けてきた結果、この村は「日本一ドローンが飛ぶ村」になった。子どもたちは中学校の講座で自分たちの村が最先端事例であることを知り、「ドローンネイティブ」として育っている。
この日常をつくったのが、株式会社エアロネクストと、その100%子会社の株式会社NEXT DELIVERYだ。IVS 2026の会場で、近藤建斗さんに話を聞いた。
震災の空撮から生まれた「飛行部と搭載部の分離」
エアロネクストの技術の原点は、東日本大震災にある。前身となった会社はバルーンによる空撮を手がけており、震災時には被災地での人命捜索にバルーンを投入した。しかしバルーンは風に流されやすく、滑らかな撮影ができない。この課題を解決するために発明されたのが、ドローンの飛行部と搭載部を物理的に分離し、結合する機構だった。
「根本的な機体の構造を変えなければ、これ以上の劇的な進化は望めない」。代表の田路圭輔さんが2017年の創業時に掲げたメッセージは、業界の常識への挑戦だった。従来のドローンはカメラのジンバルで揺れを制御するが、エアロネクストは機体そのものの構造を変えた。飛行部と搭載部を分離して結合することで、荷物を載せても重心が安定し、前傾飛行時にも荷室が水平に保たれる。この重心を制御し空気力学を最適化する独自の機体構造設計技術を同社は「4D GRAVITY®」と名付け、知財ポートフォリオとして体系化している。
近藤さんは4D GRAVITY®の特許戦略についてこう説明する。「機体の中心部に荷物を据え置くこの機構を採用するなら、我々の特許を避けられない。うちのライセンスを受けざるを得ない構造になっています」。特許出願は751件、登録特許は337件に達する(2026年6月末時点)。社内には元特許庁のメンバーが在籍し、弁理士への外注ではなく、NEXT DELIVERYが小菅村で日々飛行する中で得られたフィードバックを、そのまま特許として申請できる体制を構築している。
「ドローン業界のインテルになりたい」。創業時のこの宣言どおり、エアロネクストはドローン専業メーカーとして世界初の上場を果たしたACSLと2021年に4D GRAVITY®をライセンスして物流専用ドローン「AirTruck」を共同開発したのを皮切りに、国内メーカーとの共同開発・ライセンス契約を進めている。
ヤマトも佐川も荷物を預ける「新スマート物流SkyHub®」
技術だけでは社会は変わらない。エアロネクストが技術と並行して取り組んできたのが、ドローン配送を社会に根付かせるための仕組みづくりだ。
中山間地域では、各物流会社の配送は、荷物量、地理的な要因で単体では採算が厳しい状況である。しかし、競合同士の合意形成は容易ではない。エアロネクストが提案したのは、自治体が「ドローンデポ®」と呼ぶ一時集荷所を設置し、そこに各社の荷物を集約するモデルだった。集めた荷物は、配送密度の高い市街地はトラックで、密度の低い過疎地はドローンで届ける。このトラックとドローンのハイブリッド配送モデルを「新スマート物流SkyHub®」と呼び、2021年にセイノーホールディングスと資本・業務提携して推進してきた。
「ぶっちゃけまだ1配送あたり5,000円ぐらいかかっていて、マネタイズはめちゃくちゃ難しい。でも、こういう会社には地域を守っていくという使命があるんです」。地場の物流会社が、災害時の利用も含めてドローンを導入している背景には、採算だけでは測れない地域への責任感がある。
現在、SkyHub®の直営モデルは8自治体で導入済み。実証実験を含めると80以上の自治体と連携し、総飛行回数は約4,500回、総飛行距離は8,500kmだ。配送飛行中の事故・重大インシデントの発生件数はゼロだ。(2026年6月末現在)
運航オペレーションも独特だ。ドローン配送は完全に遠隔で自動操縦されており、現地ではスタッフがスマホアプリ「LastMiles®」を使って荷物の搭載やバッテリー交換、簡易点検を行う。現地は操縦資格は不要で、遠隔からGPS情報とカメラ映像を監視するリモートパイロットのみが国家資格を必要とする。「完全にプロポレスにしたら、もう一切事故が起きていない」と近藤氏は言う。従来のドローンパイロットが個々の癖で操縦するよりも、手順どおりに作業する方がはるかに安全だったという発見は、この業界の常識を覆すものだ。
実績が規制を変え、制度が市場を創る
エアロネクストの事業展開で際立つのは、自ら規制環境を切り拓いてきた点だ。
2022年5月に「全国新スマート物流推進協議会」を設立し、現在は自治体・県庁・民間企業を含む71団体が参加する(2025年12月時点)。単独のベンチャーとして政策提言するのではなく、自治体も企業も含む協議会としての総意で国に働きかける枠組みを構築した。
小菅村でドローン配送を始めた当初は、5kmの飛行に10人の補助員が必要だった。離着陸地点にはパイロットを配置しなければならず、道路横断のたびに看板を立て、人を配置する必要があった。
この状況を変えたのが、協議会を通じた規制改革だった。河野太郎デジタル大臣(当時)をオペレーション現場に招き、現地の実態を見てもらった結果、2023年12月にレベル3.5という新しい飛行制度が半年で新設された。無人地帯における立入管理措置は撤廃され、機体カメラの映像で安全を確認できればよいとされた。NEXT DELIVERYは国内で初めてレベル3.5の飛行承認を取得し、北海道上士幌町で初飛行を実現した。
さらに2025年3月には、1人の操縦者が5機まで同時に運航できるガイドラインが整備され、2026年6月にはこの上限が撤廃された。現在は1人の操縦者が複数のドローンを操縦してよい制度になっている。「オペレーションのコストはこれからかなり下がっていく」と近藤さんは見通す。
こうした規制改革の積み重ねは、国策レベルの成果につながった。2026年3月に閣議決定された「総合物流施策大綱(2026〜2030年度)」には、地域物流の準公共化、ドローン配送の標準約款化、共同配送の推進が明記された。過疎地域885自治体のうち174自治体にドローンを社会実装するというKPIも盛り込まれている。国交省の試算では、170自治体にドローンが導入された場合、年間7,130万時間、3万5,000人相当の労働力に匹敵する配送効率化が見込まれるという。
600人の村からモンゴルへ、そしてクマ対策へ
エアロネクストの事業は国内にとどまらない。モンゴル・ウランバートルでは、国立輸血センターをハブに14の飛行ルートを開通し、現地スタッフのみで構成されたパイロットチームが血液輸送の定期運航を行っている。高度寒冷地での目視外都市上空フライトは世界初の成功事例となり、これまでに400回以上のフライトを実施、9件の緊急輸送で命を救った。
「人口600人の村から始まった取り組みが、今ではモンゴルで血液を輸送している」。近藤氏はYouTubeでこの事実が拡散された時のエピソードを語ってくれた。小菅村の住民がその動画を見て「コスゲのドローンがモンゴルですごいね」と誇らしげに語ったという。「うちの子たちが世界で、みたいな気持ちなのかもしれません」。能登半島地震の際にも住民が「コスゲのドローンが活躍している」と声を上げた。技術と地域の信頼関係が、ここまで深くなっている。
国内では新たな展開も始まっている。秋田県ではクマ対策の実証実験が採択された。物流と同じく飛行ルートを事前に設定し、小学校の学区内をドローンで巡回してクマの有無を確認する。「クマ対策でルートを開通しておけば、将来的に日中は物流にも使える」という発想だ。ゴルフ場や温泉地がクマ被害でキャンセルに見舞われる中、ドローンが常時巡回していることの心理的安全性は、新たな価値になりうる。
今後の成長の核となるのは、AIフライトコントローラーの開発だ。現在は遠隔操縦者が分厚いマニュアルを頭に入れて運航しているが、これをAIに置き換える計画である。
「ディープテックだけでは社会に根付かない」
近藤さん自身はエンジニアではない。2017年に国際航業に新卒入社し、同社が投資していたDRONE FUNDへの出向を機にドローン業界と出会った。エアロネクストはDRONE FUNDの投資先の一つだった。コロナで中国でのドローン配送の計画が頓挫し、「東京から2時間以内でドローン配送ができる場所」として山梨を選んだ。2020年9月に初めて小菅村を訪れ、11月に協定を締結、翌1月にNEXT DELIVERYを設立、4月にはドローン配送を開始した。わずか半年の立ち上げだった。
「村長がすごく前向きな方で、せっかくやるなら早くやろうと。コスゲにドローンが来たのが日本初だからみたいな、そんなマインドの村長だったんです」。視察者が増えて「賑やかになった」という喜びの声もある。自販機もない村の端に若い人が集まり、ドローンが飛び交う。それ自体が一種の地域おこしになっていた。
ディープテックとは何かと問うと、近藤さんは少し考えてからこう答えた。「ディープテックだけでは社会に根付いていかないと思うんです。初期にリスクがある中で受け入れてくれた村長や住民の方に、恩返ししたい。自分のためとか会社のためというより、そういう人たちのために成長させたいと思っています」。
技術で規制を動かし、規制が市場を創り、市場が地域を変える。エアロネクストが小菅村で証明したのは、ディープテックの社会実装において、技術の深さと同じくらい「地域との信頼関係の深さ」が重要だということだ。

<株式会社エアロネクスト グループCEO室長 近藤建斗さん>
近藤建斗(こんどう・けんと) ── 株式会社エアロネクスト/グループCEO室長。1994年生まれ。山梨県出身。大学卒業後の2017年、航空測量大手国際航業に新卒入社。2018年ドローン特化型ベンチャーキャピタルであるDRONE FUNDに出向し、2号ファンドの立ち上げ、ファンド運営業務全般に従事。出向後の2020年、国際航業でドローン関連の新規事業プロジェクトを設立。2021年2月エアロネクスト入社。パートナーアライアンス、公共政策、事業開発等を担当。ドローン配送サービスの社会実装を目指し設立された戦略子会社NEXT DELIVERYにも携わり、ドローン前提社会を目指している。
株式会社エアロネクスト ── 2017年設立。代表取締役社長 グループCEO 田路圭輔。独自の機体構造設計技術「4D GRAVITY®」を核に、産業用ドローンのライセンス事業・共同開発事業を展開。100%子会社のNEXT DELIVERY(山梨県)が新スマート物流SkyHub®事業とドローン運航事業を担う。特許出願751件、登録特許337件(2026年6月末時点)。セイノーHDと資本・業務提携。全国新スマート物流推進協議会(会員数71)を主導。
取材・文:RUNA NAITO/取材日:2026年7月2日(IVS 2026会場にて)

