京都・みやこメッセ。IVS2026の取材ブースで、ViXion代表の南部誠一郎さんがアイウェアを差し出した。かけて、ダイヤルを少し回す。それだけで、手元の名刺の細い文字から、数メートル先の南部さんの表情まで、視線を動かすたびにピントがスパスパと切り替わる。遅延はほぼない。酔いもない。「超健康な人の目、みたいな状態ですね」と南部さんは言う。
オートフォーカスアイウェア「ViXion」シリーズ。距離に応じてレンズの形状を自動で変え、近くから無限遠までピントを合わせ続ける、世界初の製品だ。開発元のViXion株式会社は、光学大手HOYAからスピンアウトして2021年に設立されたスタートアップ。2023年のクラウドファンディングでは約3か月で4億円超の支援を集め、CES2024ではOmdia Innovation Awardsを、IFA2024ではIFA Next Pitch Battleの初代グランプリを受賞した。
だが、南部さんはこの製品を「メガネ」とは呼ばない。
「見えている」は、当たり前じゃない
2000年以降、世界的に近視が急増している。かつては4人に1人だった近視率は、いまや3人に1人を超え、2050年には2人に1人が近視になるという推計もある。スマートフォンやモニターの普及が、遺伝とは無関係に目を蝕んでいる。
従来、この問題に対処してきたのはメガネやコンタクトレンズだった。だが、近視に老眼が重なり、乱視が加わる。ピント調整の不全が複合した瞬間、既存のレンズでは対応しきれなくなる。度数が合わなくなるたびに眼科に行き、レンズを作り直す。「めんどくさいですよね、それ」。
自分で手軽に調整できて、どこでもピントが合うものがあればいい。 その発想から、ViXionは生まれた。
人間の目を、テクノロジーで再現する
夢のような技術を、南部さんは「身体拡張技術」と呼ぶのが一番しっくりくるという。
人間の目には、水晶体というレンズがある。近くを見るときは毛様体筋がぎゅっと収縮して水晶体を厚くし、ピントを合わせる。ViXionは、この仕組みをデバイスの中に丸ごと再現した。
まず、ブリッジ部分に搭載したTOFセンサーが赤外線で対象物までの距離を測る。これが、人間の目でいう「近くを見ている」「遠くを見ている」という距離認識にあたる。次に、その距離情報に応じて液体レンズの形状を変える。密閉された容器の中の液体が膨らんだり縮んだりすることで屈折率が変わり、水晶体と同じようにピントを調整する。
そして3つ目が、南部さんいわく「一番価値がある」という独自のアルゴリズムだ。最初に1回、ダイヤルを回してキャリブレーションするだけで、その後はどんな距離に視線を移してもピントが自動で追従する。
人間の目がどう知覚し、どうピントを切り替えているのか。その「目の動き方のルール」を再現するアルゴリズムは秘匿されており、「多分、まだ誰もたどり着けていない」と言い切る。

実は、オートフォーカスアイウェアの研究自体は40年以上前から存在する。大学の研究所では巨大な装置が動いていた。だが、バッテリーとの有線接続が必要で、重くて歩けない。誰も製品化にはたどり着けなかった。それを日常使いできる軽さに収めたところに、ViXionの技術的な核心がある。
潰れかけた会社を「世界の市場」へ
南部さん自身は技術者ではない。政府系金融機関でデットファイナンスを手がけたあと、外資系コンサルティングファームで事業再生やM&Aに従事してきた。
ViXionとの出会いは偶然だった。ViXionはHOYAから分社したものの、創業1年足らずで会社が立ち行かなくなっていた。南部さんの旧友であるエンジェル投資家から「テコ入れを手伝ってほしい」と声をかけられ、気がつけば自分が社長になっていた。
会社が傾いた原因は明快だった。HOYAの時代から開発してきた暗所視支援眼鏡「MW10 HiKARI」。網膜色素変性症(通称・夜盲症)を抱える方に向けた製品に資金を投じ続けたが、市場が小さすぎて収益化できなかった。同じ轍を踏みそうになっていたのが、弱視などロービジョンの方向けのオートフォーカスだった。
「『ロービジョンの方々の困りごとって、突き詰めればピント調節ですよね。だとしたら、同じようにピント調節で困っている人って、他にもたくさんいるんじゃないか?』――そう気づいたんです」
ここが転換点だった。弱視の人にも使える製品スペックは維持しつつ、ターゲットをピント調整不全を抱えるすべての人に広げる。大きな市場でスケールさせれば量産効果でコストが下がり、結果として一番困っている人たちも安価に手に入れられるようになる。
「本当に困っている方々に製品を届け続けるためには、より大きな市場で事業を成立させ、生産や開発の基盤を安定させる必要がありました」
2023年6月、その仮説を検証する場としてクラウドファンディングに踏み切った。どれくらいの支援者が集まるのか不安で、キックオフ1週間前は本当に眠れなかったという。
蓋を開けてみれば、約3か月で4億円を超える支援が集まった。 見えてきたのは「みんな、こういうの待ってたんだ」という手応えと、具体的なターゲットだった。 近視だけならメガネで事足りる。だが、近視と老眼、遠視と老眼という、複合的なピント調整不全が重なった瞬間、既存のメガネでは問題解決ができない。「ターゲットは、ここだ」。世の中に出して、初めて分かったことだった。
歯医者のルーペに意外なニーズを発見
クラウドファンディングで意外な発見があった。支援者に、歯科医の名前が並んでいたのだ。
調べてみると、歯科医が術中に使うルーペに不満を持つ人が多いとわかった。拡大はできても深度調整ができないため、口腔内から少し視線をずらすだけでピントがボケる。頭や首を動かして合わせ直す必要があり煩わしいうえに、術中は手が汚れているからルーペに触りたくない。ハンズフリーで拡大とピント調整ができるViXionは、歯科医から「夢のデバイスだ」と言われた。
南部さんはそのニーズに応え、拡大機能付きのオートフォーカスルーペを開発した。試作品を歯科医に見せると、「これは間違いなく、時代を変えるプロダクトになるね」と、大きな期待を寄せてもらった。グローバルの歯科用ルーペ市場は1,000億円規模だという。限られたプレイヤーが占有しているが、ユーザーは満足していない。「これで一気に普及する可能性がある」と読む。
歯科医が反応するなら、精密作業を伴う他の分野はどうか。宝飾大手から問い合わせが来た。京都市の伝統工芸ミュージアムからも声がかかった。伝統工芸は、職人の高齢化で「見えない」ことが引退の引き金になっている。「この人が辞めたら、この産業がなくなる。」そんな危機もViXionの技術で乗り越えられるかもしれない。
「見えてるのが当たり前の方にとって、目が悪くなったり失明したりすることって、なかなか想像ができない。でも、下手すると100年生きる世界で、目が悪くなってからまだ50年生きなきゃいけない」
目の健康をどこまで引っ張れるか。健康が損なわれたら、技術でどう補えるか。その両方を、1つの製品で実現する。

ディープテックとは「究極の問題解決」
「ちょっと便利になる、とかじゃなくて、もう根本から何か問題を解決しに行く。なかったことにする」。あなたにとってディープテックとは?の問いに、南部さんははっきりと答えた。
「私たちの技術を使うと、失明者がゼロにはならないかもしれないけれども、劇的に減るかもしれない。これまで当たり前ではなかったことがスタンダードになっていくような、抜本的な問題解決をする技術。それが自分の中でのディープテックかな」
ディープテックは単体で世界を変えることもあるが、今あるものとの組み合わせでさらに良くしていくこともできる、と付け加えた。眼科学会でViXionを展示すると、眼科医たちは「医療で全部は解決できない。技術との組み合わせがすごく大事だ」とフェアに評価してくれるのだという。
40年間、誰も製品化できなかった夢を小さなアイウェアに収めたチームは、今、その技術をモジュール化し、メガネメーカーや医療現場と手を組み始めている。見えることを当たり前にするために。
南部誠一郎(なんぶ・せいいちろう) ── 政府系金融機関を経て、アーサー・アンダーセン、EY Japan、PwCコンサルティングにて経営戦略・事業再生・M&Aなど多くのプロジェクトをリード。2022年にViXionに参画し、2023年3月に代表取締役CEO就任。
ViXion株式会社(ヴィクシオン) ── 2021年、HOYA株式会社からスピンアウトして設立。オートフォーカスアイウェア「ViXion」シリーズ、暗所視支援眼鏡「MW10 HiKARI」を開発・販売。パーパスは「テクノロジーで人生の選択肢を拡げる」。クラウドファンディングで4億円超の支援を獲得。CES2024 Omdia Innovation Awards、IFA2024 IFA Next Pitch Battle初代グランプリ、CEATEC2024総務大臣賞を受賞。2026年4月、視野面積約2.4倍の新モデル「ViXion2」および専門職向け「ViXion2 Pro」を発売。公式サイト:https://vixion.jp/ / X:https://x.com/ViXion_inc
取材:Keisuke/文:RUNA NAITO/取材日:2026年7月


