東京・港区のオフィス。JANCTIONを運営するジャスミーラボの加藤さんが、ノートPCの画面をこちらに向けた。表示されているのは、3DCGのレンダリング進捗を示す2本のプログレスバー。片方は1台のワークステーションで処理する従来型、もう片方は同じジョブをJANCTIONのネットワークに投げたものだ。
従来型のバーがじりじりと進む横で、JANCTION側はすでに完了している。「フルで稼働できるGPUの空きがあれば、だいたい25倍くらい早く終わります」。数時間かかっていたレンダリングが、コーヒーを淹れている間に終わる計算だ。
JANCTIONは、点在するGPUをネットワークでつなぎ、計算資源として貸し借りできるようにする分散GPUインフラだ。加藤さんはこれを、一言でこう表現する。
「GPU版のAirbnbです」
GPUは「空き部屋」だらけ
生成AIブーム以降、GPUは世界で最も奪い合いになっている計算資源だ。データセンター向けGPUは供給が需要に追いつかず、クラウドのGPUインスタンスは高騰と順番待ちが常態化している。
その一方で、世界には膨大な数のGPUが「眠っている」。企業のワークステーション、学校の端末、家電量販店の展示機、そして家庭のゲーミングPC。高性能なGPUを積んでいながら、フルに稼働しているのは1日のうちほんの数時間。残りの時間、GPUは価値を生まず、ただそこにあるだけだ。
「Airbnbが空き部屋を宿泊資産に変えたのと同じで、僕らは空いているGPU時間を計算資産に変えようとしています。持っている人は貸して収益を得る。使いたい人は、必要な時間だけ安く借りる」
需要側の入り口として、JANCTIONがまず照準を合わせたのがレンダリングだ。3DCG、建築ビジュアライゼーション、映像制作。クリエイターにとってレンダリングは「待ち時間」との戦いであり、レンダーファームに外注すれば費用がかさむ。ここに、眠っているGPUをぶつける。
1本の仕事を、無数のGPUで刻む
JANCTIONの技術的な核心は「パラレルレンダリング」にある。
レンダリングという仕事は、フレーム単位、さらにはタイル単位まで細かく分割できる。JANCTIONは1本のレンダリングジョブを無数のタスクに刻み、ネットワーク上の空きGPUに同時にばらまく。各ノードが自分の担当分を処理し、返ってきた結果を1本に束ね直す。
「1台で10時間かかる仕事も、100台で刻めば理屈上は数分です。ただ、ノードごとの性能差もあれば、途中で誰かがPCの電源を落とすかもしれない。そこをどう吸収して、安定して速く返すか。地味ですけど、そこが一番難しくて、一番価値があるところです」
タスクの分配、失敗したノードの検知と再割り当て、結果の検証と結合。この一連のオーケストレーションを担うのが、JANCTION独自のワーカーエージェントとスケジューラだ。もう1つ欠かせないのがストレージで、レンダリングには大容量のシーンデータやテクスチャの受け渡しが伴う。計算だけ分散してもデータの置き場が中央に固まっていては速度が出ないため、JANCTIONは分散ストレージまで含めて自前で設計している。
プロダクトは現在テスト段階。それでも条件が揃った環境での実測では、単体GPU比でおよそ25倍の高速化を確認しているという。
データセンターから、プレステまで
では、肝心のGPUはどこから調達するのか。加藤さんが説明したのは、中心から外へ、3つの層を段階的に広げていくロードマップだった。
第1層は、自社のデータセンターだ。JANCTIONはまず自ら設備投資を行い、小規模なGPUクラスタを分散配置する「マイクロデータセンター」を構築している。大規模なデータセンターは建設に何年もかかり、いまや電力の確保が最大のボトルネックになっている。マイクロデータセンターなら、遊休スペースと電源があれば小さく速く立ち上げられる。
「シェアリングって、供給が不安定だと誰も本番の仕事を預けてくれないんです。だからまず、自分たちで確実に稼働するGPUの土台を持つ。Airbnbで言えば、最初に自社でホテルを構えておくようなものですね」
第2層が、学校法人や家電量販店だ。学校に導入されたPCは、放課後や夜間、長期休暇の間、ほぼ完全に遊休状態になる。量販店の売り場には最新GPUを積んだゲーミングPCが並び、営業時間中ずっと電源が入っているのに、流れているのはデモ映像だけ。閉店後はただの置き物だ。
「量販店の売り場って、実は日本有数のGPU展示場なんですよ。1店舗に何十台、全国で見れば膨大な数がある。展示しながら裏でレンダリングを処理すれば、店舗には新しい収益源になるし、『このPC、いままさに働いて稼いでます』という最強の実演販売にもなる」
学校も量販店も、PCはすでにそこにあり、電源も回線もつながっている。必要なのはワーカーソフトウェアを載せることだけ。ハードウェアを1台も買い足さずに、組織単位でまとまった供給網が立ち上がる。
そして第3層が、個人だ。家庭のゲーミングPC、さらにその先に加藤さんが見据えるのが、ゲーム機である。
「最終的にはプレイステーションのGPUまで使いたいんです。ゲーム機って、世界で一番普及している高性能GPUなのに、遊んでいない時間は完全に眠っている。あそこまでつなげたら、供給の桁が変わります」
自社データセンターで品質を担保し、学校や量販店で面を広げ、最後に個人と家庭へ。中央から辺境へ、分散の輪を広げていく設計だ。
データの民主化から、計算力の民主化へ
ジャスミーラボは、元ソニー・VAIO事業の幹部らが創業したJasmyの系譜に連なる会社だ。Jasmyが一貫して掲げてきたのは「データの民主化」。プラットフォーマーに握られた個人データの主権を、個人の手に返すという思想だ。
JANCTIONは、その思想を計算資源に拡張したプロジェクトと言える。
「データの次は、コンピューティングパワーだと思ったんです。AIの時代は、計算力を持つ者と持たざる者の格差が、そのまま創造力の格差になる。GPUを買えない学生やインディーのクリエイターが、大手スタジオと同じ土俵でレンダリングできるようになる。それって結構、革命的なことだと思っていて」
計算力が一部のビッグテックのデータセンターに集中していく世界か、街の学校や量販店、家庭のゲーム機にまで分散した計算力を、誰もが使える世界か。JANCTIONが作ろうとしているのは、明確に後者だ。
「日本中の『眠っている計算力』を全部足したら、たぶん相当なスパコンになるんですよ。それを起こしに行く仕事です」
ディープテックとは「インフラの再発明」
「新しいものをゼロから作るというより、すでに世界中にあるのに使われていない資源を、技術でつなぎ直して価値に変えること」。あなたにとってディープテックとは?の問いに、加藤さんはそう答えた。
「GPUって、もう世界中にあるんです。足りないんじゃなくて、つながっていないだけ。それをつなぐソフトウェアとインフラを作るのが僕らの仕事で、うまくいけば『計算力が高くて手が届かない』という前提そのものをなくせる。当たり前じゃなかったことをスタンダードにする、という意味で、これはディープテックだと思っています」
まだテスト段階のプロダクトだが、レンダリングの先には、AI推論、科学計算、映像処理と、GPUを必要とするあらゆるワークロードが待っている。データセンターから、教室から、売り場から、そしていつかリビングのゲーム機から。世界中の眠っているGPUが目を覚ましたとき、計算力の地図は塗り替わる。
Keisuke Kato ── ジャスミーラボ株式会社にて、JANCTION/GPXの事業開発を担当。パートナーシップ開拓、コミュニティマネジメント、メディア運営など事業横断で活動。X:https://x.com/0xjasmy
ジャスミーラボ株式会社(Jasmylab Co., Ltd.) ── 分散GPUインフラ「JANCTION」およびGPUレンダリングプラットフォーム「GPX」を開発・運営。パラレルレンダリング、マイクロデータセンター、分散ストレージを提供し、遊休GPUのネットワーク化による計算力の民主化を目指す。
取材・文:DEEPPOINT編集部

