外装を外した基板がテーブルの上にある。1つ1つのパーツを設計し、発注し、組み上げる。完成すれば外装が付いて「製品」になるが、むき出しの状態でこそ、この装置の凄みが分かる。IVS2026京都の取材スペースで、IDDK代表取締役CEOの上野宗一郎さんは、その基板を前にしながら静かに語り始めた。
「前職は東芝で、半導体事業部にいました。そこで発明した技術をスピンアウトして、ベンチャーとして立ち上げたのがIDDKです」
IDDKのコア技術は、MID(マイクロイメージングデバイス)と呼ばれる。約400年間変わらなかった顕微鏡の原理を、根本から覆す技術だ。従来の顕微鏡はレンズを通して検体を拡大し、覗き込む。IDDKのMIDにレンズはない。光を感知する素子をメッシュ状に並べた半導体チップの上に検体を置くだけで、パソコンのモニターに観察画像が映し出される。ピント合わせも不要。ポケットに入るサイズで、水中でも、宇宙でも使える。

<レンズ不要の顕微観察チップ「MID」。指先に乗るこのチップ自体が顕微鏡になる>
顕微鏡を「チップ」に変えた技術が、宇宙に向かった理由
上野さんは東芝で半導体イメージセンサーの開発に従事するなかでMID技術を発明し、2017年にスピンアウトしてIDDKを設立した。コロナ前までは地上向け製品が売れていたが、パンデミックの最中に転機が訪れる。宇宙へのピボットだ。
MIDの最大の武器は、その極小サイズにある。人工衛星に載せられるほど小さく、軽い。IDDKはこのチップを核に、宇宙で自動的にバイオ実験を行う装置を開発し、宇宙バイオ実験のワンストップサービスを構築しつつある。創薬、再生医療、合成生物学など、地上の研究室だけでは解決できない課題に、微小重力という「もう一つの実験室」を提供する構想だ。2030年に国際宇宙ステーション(ISS)が退役を迎えるなか、民間主導の宇宙実験インフラへの需要は高まる一方である。

<宇宙バイオ実験モジュールのイメージ(IDDK提供)>
「コロナ前まで売れてた地上向け製品は、しばらく新製品を出していなかったんですが、今年の2月ぐらいから新製品のリリースもしています」
地上と宇宙の二本柱。足元の売上を固めながら、宇宙のプラットフォームを広げていくのが、IDDKの現在地だ。
繊維工業から半導体へ。日本の「下支え」はまだ枯れていない
上野さんの視野は、自社の技術だけにとどまらない。
「日本の近代工業化の歴史を見ると、海外の装置や技術を取り入れながら、繊維工業から重化学工業へ進み、そこから電機、半導体、精密機械といった高度な技術領域へ広がってきた。人が手を動かしていた工程を機械化し、さらに自動化していく。その過程で、材料、加工、装置、制御、品質管理まで含めて、現場の中で技術を積み上げてきた。これが日本のものづくりの強みになってるところなんじゃないかなと思うんです」
台湾や中国にも、いまや世界有数の先端工場がある。ただ、その成り立ちは日本とは異なる。台湾は政府主導の技術導入から半導体受託製造に集中して世界の頂点に立ち、中国は外資と装置導入を追い風に、規模とスピードで製造能力を築いてきた。導入した技術を量産システムとして磨き上げてきた力は、いずれも大きい。
一方で日本は、輸入技術を起点にしながらも、材料メーカー、加工メーカー、装置メーカー、そして現場の改善力を、幅広い産業にわたって国内に厚く育ててきた。その「下支え」の層の厚みが、いまも日本の製造業の底力を形成していると言う。
ただし、と続ける。
「この強みを発揮する場所が、今どんどん失われてきている。国内に先端工場がなくなってきているから、技術を国内に留めておけない」
だからこそ、その下支えの技術が生きる新しいフィールドが要る。上野さんにとって、それが宇宙だ。IDDKは宇宙実験のプラットフォームづくりを進めており、日本の様々な企業がこの基盤を通じて宇宙産業に参入できる仕組みを構想している。
「このプラットフォームは、世界でめちゃめちゃ価値のあるものになると思います。日本にまだ技術が残っていて、そこから宇宙に打って出られる。割と、いい時期が残ってるなっていう感じですね」
ディープテックの資金調達という「難所」
宇宙ディープテックのスタートアップにとって、資金調達は避けて通れない難所だ。IDDKはプレシリーズAで累計3.2億円を調達し、スパークス・イノベーション・フォー・フューチャーやサムライインキュベート、リバネスキャピタル、パソナグループといった投資家が名を連ねる。しかし、上野さんはVCとの関係をめぐる構造的な課題について率直に語った。
「コロナの最中に宇宙系にピボットして調達に入ったんですけど、そのときの評価観と、今、次のラウンドを考えようとするときの評価観が変わってきた。何が変わったかというと、やっぱり売上実績的なところを見ること」
ディープテック、しかも宇宙。基本的には研究開発を「掘っていく」しかない領域だ。にもかかわらず、VCからは売上実績を問われる。上野さんの言葉には、宇宙スタートアップ特有のジレンマが滲んでいた。
「ディープテックでスタートアップで宇宙だと、基本、こう、掘ってくしかない。で、掘ってく体制で言ってるのに、掘ってくことに不安感があるみたいなコメントを出されると、なんとも言えない」
求めているのは、単なる資金ではない。自治体や事業会社との接点を持ち、宇宙実験プラットフォームの拡大を一緒に推し進めてくれるパートナーだ。新しい体制を整え、次のラウンドに向かおうとしている。
ディープテックとは「人類の辿った道筋の織物」
取材の最後に投げた問いに、上野さんの答えは独特だった。
「イメージが多分、織物なんですよね」
織物。未来を織りなしていくもの。その一本一本の線が新しい技術だと言う。
「それが織りなされることによって、例えば貴族的なものが民衆化していく。それをずっと繰り返していって、ざっと遠目で見ると歴史になってて、これが柄になる。自分たちは、その一本一本になって、ちょっとずつでも織りなされていくと、人類の辿った道筋の織物みたいなものができてくる。その一本の線がディープテック」
技術は歴史の「糸」であり、それが積み重なって模様を描く。かつて貴族だけのものだった恩恵が、テクノロジーによって誰の手に届くようになる。その繰り返しが文明の織物を形作っていく。そして過去の技術もまた、布の下支えとして欠かせないのだと。
繊維工業から重工業、半導体、そして宇宙へ。日本のものづくりが辿ってきた道のりそのものが、上野さんの語る「織物」の一部なのだろう。指先に乗る半導体チップが、いま宇宙という新しい経糸に織り込まれようとしている。
上野宗一郎(うえの・そういちろう) ── 大学発ベンチャーの立ち上げを経験後、株式会社東芝に入社。半導体イメージセンサーの開発に従事するなかでMID(マイクロイメージングデバイス)技術を発明。2017年にスピンアウトベンチャーとして株式会社IDDKを設立。X:@SU_IDDK
株式会社IDDK(アイディーディーケー) ── 2017年6月設立。代表取締役CEO 上野宗一郎。東京都江東区。コア技術はレンズ不要の半導体チップベース顕微観察装置「MID(マイクロイメージングデバイス)」。宇宙バイオ実験サービス事業を展開し、日本初の民間主導による宇宙バイオ実験プラットフォームの構築を目指す。プレシリーズAで累計3.2億円を調達(2024年3月時点)。HP:https://iddk.co.jp
取材:Keisuke/文:DEEPPOINT編集部/取材日:2026年7月3日(IVS 2026会場にて)


