再生可能エネルギーと聞いて、何を想像しますか?
電気代が高いから、太陽光パネルをつけて、電力の足しにする……とか?
実は、「電気そのものを、自分の意思でやり取りする」未来が、すでに福島県の山の中で動き始めているんです。
今回お話を伺ったのは、Suicaなどに使われる「FeliCa」の技術を組み込んだ国際標準NFC技術の開発に携わった元・ソニーのエンジニア、森田直さん。110件以上の特許を生み出してきたレジェンドが、いまは「電気の民主化」に挑んでいます。
専門用語がたくさん出てきますが、文系代表の私が「えっ、どういうこと?」と聞き返しながら進めていくので、安心してついてきてください。いざ、ディープな電気の世界へ!
- なぜ「再エネを増やせばいい」だけでは解決しないのか
- 福島の山の中で動き始めた、世界初の電力融通システムの正体
- 電気が資産になる未来とは?
森田直(もりた・ただし) ── ジャスミーセキュリティ統括 兼 シニアストラテジスト(CISSP)/ FeliCa技術を組み込んだ国際標準NFC技術開発者 / 電力システム研究者。
ソニー株式会社にて高速チップマウンター(Cellular Mounter)の開発、FeliCaカード、おサイフケータイチップ開発、NFC技術開発とその国際標準化を推進。NFC Forumの認証プログラム策定を主導し、Chief Distinguished Engineer(CDE)としてセキュリティ技術コミュニティを運営。定年後はソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)に約8年在籍し、OES(オープンエネルギーシステム)プロジェクトを主導。オープンシステムストラテジストとして、沖縄で直流マイクログリッドシステムの実証実験を実施。退所後は独自の「グリッドパーティショニングインバーター(GPI)」を開発し、現在は福島県「しのぶ山テラス」を拠点に「電気の民主化」を目指してスマートグリッドの実装に取り組む。
そもそも、太陽光でつくった電気はどこへ行く?

そもそもの話から聞かせてください。太陽光パネルで発電した電気って、今の仕組みだとどうなっているんですか?「再エネが普及すればいい」とはよく聞くのですが、何がそんなに難しいんでしょう。
いまの電力システムはね、「ガリバー旅行記」のガリバーみたいなものなんです。電力会社という巨人の体の中を、血液(電気)が流れている。心臓(発電機)が動いて、脳(制御センター)が血圧(電圧・周波数)を一定に保っている。
家庭が太陽光パネルで発電を始めても、この巨人の血管に勝手に「新しい血液」を注入するのはとても難しい。でも私が開発した技術を使えば、各家庭がまず自分の中でバランスを取ってから、隣の家とやり取りできるようになるんです。ガリバーに頼らずに。
昔のお米が配給制だった時代から、誰でも自由に買えるようになったでしょう。電気も同じように、「自分で作って、自分で管理して、余ったら分け合う」時代が来る。これが「電気エネルギー民主資本主義」です。

福島の山で動き出した、家庭間の電力融通

「電気の民主化」のために取り組んでいることを教えてください。
私がいま福島県の「しのぶ山テラス」でやっているのは、家庭の中でまずバランスを取ってしまう実験です。


<出典:しのぶ山テラス公式HP>
具体的には、建物の1階と2階を別々の拠点に見立てて、それぞれに太陽光パネルと蓄電池とGPI(グリッドパーティショニングインバーター)を付けている。今日みたいに晴れている日は、両方の蓄電池が95パーセント近くまで充電されている。
面白いのはここからで、「1階から2階へ5アンペア送る」という指令を出すと、リアルタイムでそれが実行できる。私が杉並区にいながら、福島の装置をパソコン画面で操作して、電気を融通できるんです。


<出典:資料『好奇心が道を決める!(発明に至る道) 2025 V1.0』/森田直さん作成>

実際の操作画面を見せていただきましたが、電力の動きがリアルタイムで可視化されていて驚きました。この画面を見ると、電気が「流れているもの」だということが実感できて。
ここが動いているということは、いま、家電か何かに電力を使用しているってことだね。


そんなことがわかっちゃうんですね。
分かりますよ(笑)。例えばこれは私の家のある日の電力グラフなんですが……


<森田直さんの家の電力推移グラフ/森田直さん作成>
朝6時に急に消費が上がるのは私がお湯を沸かしているから。続いて奥さんが起きて電子レンジとトースターを同時に使って、食後に食洗機が回る。こういう生活リズムが全部見えてしまう。これが個人情報と直結していて、だからこそセキュリティが重要なんです。
このような家庭が千軒以上集まれば、これらの急激な変動は慣らされて、ダックカーブと呼ばれる緩やかな変動に見えるのです。

01 マイクログリッド 数十軒の家をまとめた「ミニ電力網」。電力会社の大きな電力網から独立しつつ、必要なときはつながることもできる。
02 グリッドパーティショニングインバーター(GPI) 森田さんが開発した独自の仕組み。家庭内の需要と太陽光発電のバランスを個別に最適化し、変動を外部に出さない。しのぶ山テラスで実験中で、現時点ではまだ商用化されていない概念。
03 ピークシェービング 瞬間的に電力が多く必要になるとき(ドライヤーや電子レンジを使う瞬間など)を蓄電池でカバーして、電力会社との契約電力を大幅に下げる仕組み。
電気代はどう変わる? 40アンペアが10アンペアで済む世界

森田さんが開発している仕組みは、私たちの電気代にもなにか影響するんですか?
さっきのグラフで見せた通り、一軒の家の消費電力って平均すると6〜7アンペアくらいなんです。でも瞬間的なピークがあるからブレーカーが落ちないように、私の家は40アンペア契約をしています。


<ピーク時の消費電力(グラフ再掲)/森田直さん作成>
蓄電池を使ってそのピークを吸収できれば、電力会社との契約は10アンペア以下で済む。電力会社からは「薄く、ずっと」買えばいいだけになる。毎月の基本料金が大幅に下がります。
さらに言うと、蓄電池があれば「電力の予約購入」もできるようになる。電気が安い夜中に買い溜めして、高い昼間に使う。AIが天候予測と消費予測を組み合わせて、自動で最適化してくれる日も近いと思っています。

電気は「兌換エネルギー」。だから資産になる

お話を聞いていると、なんだか「電気のポイ活」「電力を資産運用感覚で貯められる」というイメージをしたんですが、合っていますか?
うん、合ってます。だんだんわかってきましたね(笑)。一軒の家(ナノグリッド)では、太陽光で発電した余剰電力を蓄電して「資産化」できる。それを複数の家(マイクログリッド)でつなぐと、地域内での売買や融通も可能になります。
電気ってね、「兌換(だかん)エネルギー」なんです。兌換紙幣っていうでしょ。お金と同じように、回転エネルギーにも熱エネルギーにも変換できる万能なもの。今の文明社会では電気は必須インフラだから、これが「資産」として流通できる社会になれば、面白いことが起きますよ。
昔はお米も配給制でした。電気もまだ「電力会社から買うもの」という専売制に近い仕組みですが、いつかお米と同じように自由に作って、管理して、分け合う時代が来る。これが「電気エネルギー民主資本主義」です。

森田さんが描く構図は、一軒の家(ナノグリッド)から複数の家(マイクログリッド)、さらに地域全体(スマートグリッド)へと拡張していく、五段階の電力システム改革です。その核心は「電力会社中心主義から需要家中心主義へ」という転換。電気をつくり、貯め、分け合う主体が、巨人から私たち一人ひとりへと移っていく──それが「電気の民主化」の到達点です。
後編では、森田さんがなぜこの挑戦にたどり着いたのか、その原点と、これから実装しようとしている未来のかたちを掘り下げていきます。(後編へ続く)
