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【第10回】AIに創造はできるのか。(後編)——「推察力」と「概算力」がイノベーションの勝率を決める

アイデアの種があっても、花が咲くとは限らない。後編では、フェルミ推定に代表される「推察力」と「概算力」、AIを最強の壁打ち相手にする方法、日本企業を蝕む「3つの過剰」、人を動かす「ワクワク」の設計を語る。分析はAIに、決断と熱狂は人間に。連載「AI時代のテックリーダー論」第10回。

【第10回】AIに創造はできるのか。(後編)——「推察力」と「概算力」がイノベーションの勝率を決める

※本記事は茶谷公之さんのnote記事を許諾を得て再掲載したものです。本文は原文のまま、見出し・サムネイル画像のみ編集部で再構成しています。「第3章 AIに創造はできるのか。」より、前編・後編にわけて紹介します。

出典:https://note.com/oc_publishing/n/nf583362ab655

「推察力」と「概算力」がイノベーションの勝率を決める

ここまで、AIがもたらす「常識外れの新結合」がイノベーションの種になるとお話ししました。しかし、素晴らしいアイデア(種)があれば、必ず花が咲くわけではありません。

実際には、多くのイノベーションの種は、芽が出る前に枯れてしまいます。 なぜでしょうか?

それは、アイデアを実現するための「見積もり」が甘いからです。

「これをやったら面白そうだ!」という着想は、誰にでも浮かびます。しかし、それをビジネスとして成立させるためには、「どれくらいのコストがかかるのか」「市場規模はどれくらいか」「技術的に実現可能なのは何年後か」といったリアリティのある計算が必要です。

この計算ができないまま、「なんとなくいけそう」で突っ走ると、途中で資金が尽きるか、技術的な壁にぶつかって頓挫します。

ここで必要になるのが、テックリーダーに不可欠な能力である「推察力」と「概算力」です。


フェルミ推定とテックリーダー

皆さんは、「フェルミ推定」という言葉をご存知でしょうか。GoogleやMicrosoft、マッキンゼーといった企業の入社試験でよく出題されることで有名になった思考法です。

ロジカルシンキングを超える戦略思考 フェルミ推定の技術

「シカゴにピアノの調律師は何人いるか?」「日本全国に電柱は何本あるか?」「富士山を動かすにはダンプカーが何台必要か?」

これらは、正解を知識として知っているかどうかを問うているのではありません。正確なデータがない状況下で、既知の知識と論理的な推論を組み合わせて、妥当な概算値を導き出せるか。その「思考のプロセス」を試しているのです。

イノベーションの現場は、まさにこのフェルミ推定の連続です。「月面でたこ焼き屋を開いたら儲かるか?」という問いに対し、前例はありません。

そこで、「ロケットの打ち上げコストはkgあたりいくらか」「たこ焼き機の重量は」「月面基地の滞在人数は何人か」といった要素に分解し、ざっくりとした計算(概算)をする。

この「概算力」がないリーダーは、無謀なプロジェクトにGOを出して会社を傾けるか、逆に、本当は勝算があるのに「データがないから」と及び腰になってチャンスを逃します。

これまでのテックリーダーは、この概算を自分の頭と電卓で必死に行っていました。しかし今は、最強のパートナーがいます。

そう、AIです。


AIは「最強の壁打ち相手」

実は、AI(大規模言語モデル)は、このフェルミ推定が驚くほど得意です。 彼らはインターネット上の膨大な知識を持っています。「ロケットのペイロードコスト」も「小麦粉の相場」も「日本の人口動態」も、すべて知っています。

試しにChatGPTにこう聞いてみてください。「東京ドーム一杯分のピンポン玉を用意するには、いくらかかるか? 計算ロジックと共に教えて」

AIは瞬時に、東京ドームの容積、ピンポン玉の体積、充填率(隙間)、ピンポン玉の卸売価格などを仮定し、驚くほど論理的な概算値を弾き出してくれます。

これからのテックリーダーに求められるのは、自分で電卓を叩くことではありません。AIという「超高速シミュレーター」を使って、無数の「もしも」を検証することです。

  • もし、この新サービスの価格を半額にしたら、ユーザー数はどう伸びる?
  • もし、開発期間を半分に短縮するために人員を倍にしたら、コストと品質はどう変わる?

人間がエクセルで数日かけて作るようなシミュレーションを、AIは数秒で、しかも何パターンも出力してくれます。このスピード感こそが、不確実な時代を生き抜く武器になります。


人間に求められるのは「前提を疑う力」

「じゃあ、全部AIに任せればいいじゃないか」と思われるかもしれません。 しかし、ここにも落とし穴があります。

AIの計算(ロジック)は完璧ですが、その計算の元となる「前提条件」が間違っていれば、出てくる答えはゴミになります。

例えば、「空飛ぶクルマの市場規模」をAIに計算させるとします。AIは「現在の自動車市場の〇%が代替される」といったロジックで計算するかもしれません。しかし、そこには「法規制が緩和されるか」「人々が空の移動に恐怖心を抱かないか」といった、数値化しにくい人間の感情や政治的な力学(変数)が抜け落ちている可能性があります。

ここで、人間の「推察力」の出番です。

AIが出してきたシミュレーション結果を見て、「ロジックは合っているが、この前提は楽観的すぎる」「計算上は赤字だが、この技術が3年後に安くなれば黒字化するはずだ」「数字には表れないが、今の社会の空気感なら、このサービスは爆発的に流行る気がする」

そうやって、AIのアウトプットに対して「肌感覚」や「文脈」という補正をかけること。これが人間にしかできない「推察」です。

AIは「計算(Calculation)」はできますが、「推察(Inference)」は苦手です。 推察とは、行間を読むことであり、データになっていない人間の心の機微や、時代の風を読むことです。

テックリーダーの仕事は、AIに計算をさせ、その結果を人間の推察力でフィルタリングし、最終的な「決断」を下すことです。


「センスがない」の正体

よく「あの人にはビジネスのセンスがある」と言いますが、このセンスの正体の一部は、実は「高度な概算力と推察力」です。

センスのいい人は、直感で判断しているように見えて、実は脳内で高速のフェルミ推定を行っています。「この店の客入りと単価なら、利益はこれくらいだろう」「このサービスの開発には、これくらいのリソースが必要だろう」

その肌感覚(推察)が、現実の数字(概算)と大きくズレていない。だから、スピーディーに正しい判断ができるのです。

逆に「センスがない」と言われる人は、この見積もりの桁が平気で1つ2つズレています。だから、AIを使ってそのズレを補正すればいいのです。

「私の感覚ではこう思うが、AIの計算ではどうなる?」と壁打ちをする。そうすることで、自分のバイアス(思い込み)に気づき、より精度の高い意思決定ができるようになります。


シミュレーションの先にある「実行」

AIを使って非常識なアイデア(新結合)を出し、AIを使ってその実現可能性(概算)をシミュレーションする。ここまでできれば、イノベーションの成功確率は格段に上がります。

しかし、最後の難関が残っています。それは、「人を動かすこと」です。

いくらAIが「このビジネスは90%の確率で成功します」と弾き出しても、実際にそれを実行するのは人間です。そして人間は、論理や確率だけでは動かない、極めて不合理な生き物です。

組織という巨大な船を動かし、イノベーションという未踏の地へ向かうためには、ロジックを超えた「熱量」や「物語」が必要です


日本企業を蝕む「3つの過剰」

ここまで、AIを使って「常識外れの新結合」を生み出し、「概算力」で実現可能性を見極めるプロセスについてお話ししてきました。しかし、いざこれを日本の大企業で実行しようとすると、目に見えない巨大な壁にぶつかります。

アジャイル開発の提唱者 野中郁次郎先生等が指摘した、日本企業のイノベーションを阻害する「3つの過剰」です。

  • オーバーコンプライアンス(過剰な法令順守・事なかれ主義)
  • オーバーアナリシス(過剰な分析・石橋を叩いて壊す)
  • オーバープランニング(過剰な計画・完璧主義)

これらはすべて、「失敗したくない」「責任を取りたくない」という心理から来ています。

かつて、バブル時代の日本には、良い意味での「いい加減さ」や「狂気」がありました。「面白いからやっちゃえ!」という勢いで、世界を驚かせる製品(ウォークマンなど)が次々と生まれました。

しかし、バブル崩壊後の「失われた30年」で、日本企業は守りに入りました。象徴するような例として少し面白いのが、入社式の服装です。入社式の服装というと、今の若い方々はリクルートスーツを思い浮かべるかもしれません。全員似たようなスーツを着て、参加するというのがスタンダードになっています。

しかし、バブル時代の入社式などは今のような『全員真っ黒』という異様な光景ではなかったのです。

バブル時代の入社式と2018年の入社式

もっと自由度があったのです。今の入社式の写真と、バブル時代の入社式の写真を見比べると、よっぽど今の入社式の方が昔の写真のように見えます。

それも「3つの過剰」が原因かもしれません。

オーバーコンプライアンスは、「暴走族のドアミラー」のような異端のアイデアを、「前例がない」「リスクがある」という一言で即座に殺します。AIがせっかく常識外れの提案をしても、人間側が「常識」というフィルターで全カットしてしまうのです。

オーバーアナリシスは、行動する前に100%の正解を求めます。「市場調査のデータは?」「競合の動向は?」。分析をしすぎて、いつまでも決断しない。これではタイミングを逃します。

オーバープラニングは、3年後の収益まで完璧に見通せないとGOを出さない態度です。変化の激しい時代に、3年後のことなど誰にも(AIにも)わかりません。

テックリーダーの役割は、この「3つの過剰」という呪いを解くことです。

コンプライアンスは守るが、リスクテイクは許容する

分析は6割でいいから、走りながら修正する

そうやってチームの足枷を外し、AIとの共創ができる環境を整えること。それが最初の仕事です。


不合理な人間を動かす「ワクワク」の設計

AIと人間の決定的な違い、それは「不合理さ」です。

AIは完全にロジカルです。「A案の方が利益率が1%高い」と判断すれば、迷わずA案を選びます。しかし、人間はそうはいきません。

「A案の方が儲かるのはわかるけど、なんかワクワクしないんだよね」「B案の方が大変そうだけど、ロマンがあるよね」

人間は、感情で動き、理屈で正当化する生き物です。どれだけAIが完璧な戦略(ロジック)を描いても、それを実行する人間の心が燃えていなければ、プロジェクトは成功しません。

ここで、一つの疑問が浮かぶかもしれません。「そもそも、なぜイノベーションが必要なのか? 今のままで幸せなら、無理に変わらなくてもいいじゃないか」安定した大企業にいれば、そう思うのも無理はありません。

しかし、組織を大きな船に例えてみてください。この船が今日まで進んでこられたのは、過去の人たちが必死にオールを漕いできたからです。もし、新しく乗った人たちが「ここは安泰だ」と安心しきって、全員が船にただ「ぶら下がる」側に回ったらどうなるでしょうか。誰も水をかかず、バタ足もせず、ただぶら下がって重りになれば、やがてその船は沈んでしまいます。

また、私たちは無意識に、創業者や過去の偉大な上司を「神様」のように崇めてしまうことがあります。しかし、彼らを仰ぎ見ているだけでは、会社は確実に衰退します。なぜなら、「あの人はすごい」と思って自分があの人以下のアウトプットしか出さなければ、組織のスケールは世代を追うごとに小さくなっていくからです。

上司や先輩を、そして創業者を追い越していかない限り、会社に未来はありません。おそらく天国にいる創業者たちも、「自分を崇める暇があったら、早く俺を追い越してくれよ」と思っているはずです。これは、国単位の話でも同じことが言えるでしょう。

だからこそ、リーダーに必要なのは、乗組員に「あの大陸に行けば、こんな素晴らしいことが待っている!」という物語を語り、オールを漕ぐための熱狂を作り出すことです。

AIが出した冷徹な「正解」を、人間が「やりたい!」と思える「意味」に翻訳する能力がこれからのリーダーには求められるのです。


「推察力」で適切なハードルを設定する

では、どうすれば人はワクワクして動くのでしょうか。

重要なのは「目標設定」です。目標が低すぎると、人は退屈します。「誰でもできる仕事」に情熱は湧きません。逆に、目標が高すぎると、人は諦めます。「どうせ無理だ」と白けます。

人が最もパフォーマンスを発揮し、ワクワクするのは、「今の能力よりちょっと背伸びをすれば、なんとか届きそうな目標」を与えられた時です。

ここで再び、リーダーの「推察力」と「概算力」が活きてきます。

「うちのチームの実力はこれくらいだ」「AIのサポートがあれば、生産性はここまで上がるはずだ」

この2つを概算し、「半年でここまで行こう。君たちなら絶対にできる」という、絶妙な高さのハードルを設定する。

「えっ、そんなの無理ですよ」と部下は言うかもしれません。そこで、「いや、こうやってAIを使えば、実はここまではすぐに行ける。残りのこの部分を君たちのアイデアで突破してほしい」と、ロジカルかつ情緒的に説得する。

AIには、人の「やる気スイッチ」の位置はわかりません。メンバー一人ひとりの顔色を見て、文脈を読み、個別に言葉をかける。

これは人間にしかできない高度なマネジメントです。


AIに創造はできる。

第2章でお伝えしたとおり、これからの時代のリーダーは指揮者や監督の役割が必要になってきます。その言葉の意味には、AIと人間の間を取り持ち、最善の方向に持っていくということも含まれてきます。

AIは放っておくと、効率的ですが冷酷な提案をしてきます。「利益を最大化するために、従業員を半分リストラしましょう」と平気で言うかもしれません。それをそのまま実行すれば、組織は崩壊します。

一方で、人間は放っておくと、現状維持バイアスにとらわれ、リスクを避けようとします。「今のままでいいじゃないですか」と、変化を拒みます。これでは、会社はゆっくりと死んでいきます。

リーダーは、この両者の間に立ち、調停し、最善の方向へ持っていかなければなりません。

AIに対しては: 「リストラ以外の方法で生産性を上げるシナリオを出せ。創造性を最大化する方向で再計算しろ」と命じる。

人間に対しては: 「AIはこう言っている。この変化は避けられない。だが、これをチャンスと捉えて、我々は新しい価値(新結合)を作り出そう」と鼓舞する。

アナリシス(分析)はAIに任せる。シンセシス(創造)のヒントもAIにもらう。

しかし、最終的な決断(ディシジョン)と、熱狂の醸成(モチベーション)は人間がやる。


「AIに創造はできるのか?」

この章の問いに対する私の答えは、「AIは創造の種を出せる。しかし、その種を育て、花を咲かせるのは、人間の熱狂である」です。

イノベーションは、もはや天才一人のひらめきではありません。AIという異質の知性と、人間という不合理な情熱がぶつかり合い、混ざり合う場所で生まれます。

その化学反応を起こす触媒こそが、あなたたちテックリーダーなのです。

日本最大のディープテックDB企業1,092社・投資家503社・大学106校
茶谷 公之
オフィスちゃたに代表 / 元PlayStation CTO
茶谷 公之

ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で歴代のPlayStationの開発に携わり、同社CTOを務める。その後、楽天執行役員、KPMG Ignition Tokyo CEO、KPMG ジャパン CDO、マッキンゼーのデジタルチーム Build by McKinsey 日本統括などを歴任。現在、オフィスちゃたに株式会社 代表取締役。数多くの企業の成長・成功支援を行う。執筆家としては、Forbes JAPAN オフィシャルコラムニストとして連載中。著書として『創造する人の時代』(日経BP、2023年)および同韓国語版、『プレイステーションの舞台裏』、"Behind the Scenes at PlayStation: Former CTO Talks about 16 Years of Creation"、『未来を創るリーダーへの道標』3部作(生存戦略編、実践実行編、未来展望編)、"A Compass for Leaders who Create the Future" (Survival Strategy edition, Practical Implementation edition and Future Outlook edition)を刊行。書家 茶谷公哲としては、英米の新生児の名前を縁起の良い漢字で表現した書作品図鑑 "Ink & Blessing" (50 Boy / Girl Baby Names in Auspicious Kanji) Series 4冊を上梓し、世界17のアマゾンストアで提供中。公益財団法人 独立書人団主催 独立書展や毎日書道会・毎日新聞社主催 毎日書道展に書作品を出品。富山書道会 会員、独立書人団 準会員。