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伊藤匡平

大企業からディープテックスタートアップへ。移った2人は、何を捨てて何を得たのか【Tokyo Startup Talentイベントレポート】

東京都「Tokyo Startup Talent」のイベントレポート。大企業からディープテックスタートアップへ転職した Craif・天地人の2人が、出会い方、事業開発の責任、目標の立て方、裁量と不安定さ、採用側が見ている絶対条件までを語った。レクチャーからパネル・質疑までを対話形式で再構成。

大企業からディープテックスタートアップへ。移った2人は、何を捨てて何を得たのか【Tokyo Startup Talentイベントレポート】

東京都のスタートアップ支援事業「Tokyo Startup Talent」が主催するイベント「あなたのビジネス経験が、未来を動かす~最先端スタートアップという、新しいキャリアの選択肢~」が開催された。丸の内・Tokyo Innovation Baseに、スタートアップへの転職を考えるビジネス職が集まった。

イベントでは、大企業からディープテックスタートアップへ移った2名が登壇。尿でがんのリスクを調べる検査「マイシグナル」を手がけるCraifの佐野翔一朗氏と、衛星データで水道インフラの課題に挑む天地人の堀井亮太郎氏。進行役は、スタートアップの採用支援を手がけるノックラーン代表の福本英氏。レクチャー・パネルディスカッション・質疑応答のイベントレポートをお届けする。

この記事でわかること
  • 資金がディープテックに集中する構造と、フェーズ別に求められる人材像、出会い方の実践論
  • 大企業出身の2人が語る、事業開発の責任・目標の立て方・裁量と不安定さ
  • 「会社と自分を分けない」キャリア観と、採用側が見ている絶対条件

VCから見るディープテック市場の現在地

パネルディスカッションに先立つレクチャーで、スタートアップの採用支援を手がけるノックラーン代表・福本さん(進行)はディープテック市場の現在地を示した。福本さんの会社はVCやCVCあわせて92社と連携し、投資先スタートアップの採用を支援している。支援先の半分以上がすでにディープテックの会社だ。

ディープテックスタートアップの特徴は3つだと福本さんは話す。

  • 先進的な技術を扱っていること
  • 大学の研究室発の技術を社会実装につなげようとしていること
  • そして10年、15年という長い時間軸で、新しい産業をつくる領域に挑んでいること

「追い風である」と話す背景として、以下の3つを挙げた。

  • 世界の課題が根深くなり、インフラから変える大規模な挑戦が必要になった
  • 日本が政策的に大きな予算を割いている
  • 大学側にも社会実装に重きを置く研究者が増えた

資金の動きにある種のねじれがある。調達総額はほぼ横ばいであるにも関わらず、1社あたりの調達金額は伸びている。つまり資金の流れは二極化しており、腰を据えて勝負する、資金も必要なディープテック側に大きく集まっているのだという。

一方で、足りないのは技術より人だ。研究室には優れた技術が眠っているが、社会実装するビジネス側の人材が不足している。また、採用動向はフェーズごとに変わる。代表を中心にビジネスを回すシード期の採用は、技術領域の知見や人脈を持つ人にほぼ絞られがちである。未経験者へ門が開くのは、量産や案件対応が見えてきたミドル以降である。そして採用要件としては、近い領域の経験とカルチャーフィット、そして学び直す力が問われる。

出会い方にも、採用支援側ならではの実践論があるという。行政のイベントに加えおすすめは展示会。実機が見られて、動いているプロダクトとチームに同時に出会える。 エージェント選びにも落とし穴があり、大手はディープテックのポジションが意外と手薄で、領域特化の小さなエージェントのほうがいいポジションを持っている場合がある。ここまでの話を前提に、パネルディスカッションが始まった。

ディープテック業界に入ったきっかけは「本田圭佑さんに会える」

福本 英/ノックラーン

お二人とも大手企業からの転職ですが、ディープテックスタートアップとはどう出会ったんですか?

佐野 翔一朗/Craif

もともとディープテックに興味があったわけでは全くなくて。Craifに出資しているX&KSKの本田圭佑さん(のちに当社の社外取締役に就任)が登壇する採用イベントがあったんです。私はサッカーをやっていたので、会えるならちょっと行ってみようかなと(笑)。行ってみたら、懇親会で話した社員の熱気がすごかったんです。みんな自分のキャリアとか肩書とかではなく、この会社のビジョンとミッションに強烈に共感して、その実現に没入している。この人たちと一緒に大きいことを成し遂げたいなと思って、気づいたら採用プロセスに乗っていました。

福本 英/ノックラーン

最初からディープテック志望だったわけではなく、人に会いに行ったら引き込まれた、と。堀井さんはどうでしたか?

堀井 亮太郎/天地人

私は転職を考え始めたときから、ディープテック領域の事業開発というポジションが軸にありました。新卒の大手コンサルティングファームでは、年齢が上がるにつれて第三者としてプロジェクトに関わるのではなく自分で事業を進めたいという思いが強くなりました。その後事業会社に移って海外新規事業の立ち上げを担当し、さらに別の事業会社の経営企画も経験しました。戦略を構想する動きと、事業の最前線に立って自分で推進する動き、その両方ができるポジションを探して、スタートアップの事業開発に行き着きました。

福本 英/ノックラーン

たくさんの会社を見て選んだんですか?

堀井 亮太郎/天地人

いえ、数社です。社会生活や将来の生活の基盤を支える事業に携わりたいというモチベーションがあったので、自分の志向に合った数社、数ポジションに絞りました。

技術だけでは誰かの便益にならない

福本 英/ノックラーン

佐野さんは、なぜがんリスク検査という事業を選んだのでしょう。

佐野 翔一朗/Craif

前提として、Craifを選ぶことは、がんリスク検査を選ぶこととイコールではないんです。Craifはビジョンに「人々が天寿を全うする社会の実現」を掲げていて、バイオ×AIの技術でライフサイエンス全体にインパクトを与えていこうとしている会社です。私自身は、数年前から病気で自分の命と向き合う時間を過ごしてきて、その経験から、1日の大半を占める仕事の時間をもっと意味のあるものにしたい、社会的インパクトが大きくてスピード感を持って挑める仕事をしたいと思うようになりました。Craifのビジョンと、事業を進めるスピード感。まさにそれが実現できる場所だと思って、転職を決めました。

福本 英/ノックラーン

ディープテックでは、技術を社会に届ける事業開発の重要性がよく語られます。実際に中にいて、どう感じますか。

佐野 翔一朗/Craif

技術「だけ」で誰かの便益になるものって、ありえないと思っています。Craifは、尿の中に含まれるマイクロRNAを高効率に回収する技術をもとに出発した会社ですが、それだけだと正直、まだ誰の役にも立たない。安定的に測定するプロセス、サプライチェーン、検査結果を翻訳する解説、カスタマーサポート、より多くの導線でお客様に届けるための営業やマーケティング、信頼を世の中と一緒に作っていくパブリックリレーション。事業開発を含むすべての機能が重なって、ようやく世の中に届き、使ってもらい、影響が出はじめるものだと思います。

堀井 亮太郎/天地人

責任という意味では、プロダクトと現場のニーズのギャップを見極める役割も大きいです。ギャップが明確にあるなら、会社に持ち帰って開発・プロダクト側や経営陣に伝えないと、会社が間違った方向に進んでしまう。客観的に、クリティカルに物事を見極めないといけない。責任は大きいと日々感じますが、構想と現場を行ったり来たりして、すべてを自分事としてとらえながら働けるのが一番のやりがいですね。

ゼロイチで大事なのは“意志と仮説”

福本 英/ノックラーン

普段どんな働き方をしているんですか。

佐野 翔一朗/Craif

Craifはビジネス側の組織が2026年7月時点で40名ほどに拡大しています。ベースの担当領域はありますが、店舗事業の立ち上げや開発プラットフォームの提供開始といった大きなプロジェクトが毎月のように立ち上がって、各チームから人が集まってやり切る、という動き方です。私自身は経営企画室にいて、入社2か月で名古屋の検査部門の採用を任されて新卒採用を立ち上げ、いまは自治体向けの事業をやっています。半年前にやっていたことと今の仕事が全く違う、そんな働き方です。

福本 英/ノックラーン

自治体営業の経験があったわけではないですよね。新しい領域はどう動くんですか?

佐野 翔一朗/Craif

マイシグナルで自治体と一緒に取り組んだことがある人は、社内にも世の中にも誰もいないんです。正解を誰も知らないからこそ、誰に教わるでもなく自分で学んで、仮説を持って爆速で動き、そこから考えて次に生かし、たまに社内で壁打ちしながら進めていく。そんなイメージです。大事なのは意志と仮説を持っていることだと思っていて。不透明なことが多い領域で、何かしら意志や仮説がないと、動いても何も持ち帰れない。自分はこうしたい、そのためにはこうするべきだ、というものを持って動かないと、得るものがないんですよね。この仕事に限らず、社会にイノベーションを起こそうとするディープテックでは、こういった仕事の仕方になることが多いと思います。

福本 英/ノックラーン

目標は会社から与えられるんですか?

佐野 翔一朗/Craif

与えられることもありますが、与えられないことも多いです。たとえば自治体事業は、この事業を立ち上げるべきだと自分で起案して、年間の売上目標も自分で置いてやっています。もちろん社内では合意を取ったうえで、ですが。ほかのチームもOKRで3か月ごとに管理していて、数字はやはり予算としてありますが、基本的にはそれをどう達成するかはそれぞれが意志を持って計画を立てる、という感覚です。

堀井 亮太郎/天地人

天地人の海外事業は3名体制で、私がアジア、もう1名がヨーロッパ、全体を見る責任者が1名です。場合によっては3週連続で3か国を回ることもあり、体感では半分くらい海外にいることもあります。国内にいるときは、水道コンサルティング会社などとの協業可能性の検討や、今後の動きのプランニング等をすることが多いです。会社が決めるのは「実証事業何件」や「海外売上いくら」という大枠で、その上で各国でどれくらいの水道事業者にアプローチして半年で何件の合意をもらう、という設計は自分でやる。その中での提案活動等についても、ここは刺さったけどここは手応えがなかった、といった振り返りとブラッシュアップを早いサイクルで回していきます。プレッシャーでもありますが、やりがいでもあります。

ディープテックで働く本音

福本 英/ノックラーン

今日はぶっちゃけ話もOKと聞いているので、ディープテックで働く本音を聞かせてください。いい面も、難しい面も。

佐野 翔一朗/Craif

本当に毎日、飽きないです。掲げているビジョンが大きいので、新しいことが毎日ある。例えば、同僚には、もともとJPモルガンでファイナンスをやっていて、いまは検査を届ける店舗の立ち上げでレジの準備までやっている人もいます。ビジョン達成のためなら何でもやるという意味で、経験したことのないことをやれるし、やる必要がある。難しい面としては、超絶マルチタスクではあります。一人で何役も担うことが往々にしてあって、私でいうと採用や広報や自治体の仕事が同時に動くので、頭の処理が追いつかなくて抜けそうになる瞬間もある。それでも、この振れ幅そのものが面白いと思っています。

堀井 亮太郎/天地人

ポジティブな面は、非常に大きな裁量があることです。その中で会社の目標と自分のモチベーションに100パーセントに近い形で集中できる。一方で本音ベースで言うと、大企業と比較すると、会社の体力も人的な規模も小さいので不安定さは大きいと思います。ただ、そのような不安定さ等を背負っているからこそすべて自分事として取り組める、という点もあると感じています。良し悪しを踏まえたうえで、自分には合っていると感じます。

佐野 翔一朗/Craif

「社会的に意義がある」みたいな単純ないい方は、あまり好きではないです。世の中に大きなインパクトを与える仕事は、賛成する人だけではなくて、反対する人や良く思わない人もいる。ただ、私たちは、今後も必要な医療が必要な人に届き続ける世界を維持するためにも、医療の中心を治療から予防・早期発見にシフトする必要があると思っており、Craifがそれをリードします。非常に意義があることに挑んでいるという自負はあります。

質疑:キャリアは可視化できるのか

質疑では参加者から、突っ込んだ質問が出た。

Q. コンサルタントやエンジニアはスキルが可視化しやすく、転職市場で評価されやすい。ディープテックの仕事は属人的でチャレンジングだが、個人の実績としてはアピールしにくいのではないか。会社への貢献と自分のキャリア形成を、どう両立させるのか。

堀井 亮太郎/天地人

正直、あまり分けて考えていないんです。アジアの事業推進は自分が担っている部分も大きいので、事業推進や成功が自分の実績としてリンクする部分も大きいと感じています。

佐野 翔一朗/Craif

私も会社と自分を分けていなくて。この会社で取り組みたいことがあって、それを実現していった結果にいい未来があるんだろうな、という順番で考えています。それに、知識やスキルの重要性は、これからの時代どんどん下がっていくと思っているんです。AIが調査も分析も資料作成も仕組み化もやってくれる。だから差がつくのは、意志を持って何かを前に進めて、その学びを高速で次の意志に反映させる基本動作を愚直にこなせるか。Craifを含むディープテックスタートアップは、それを圧倒的にできる場所だと思っています。私を含むCraif社員がそれをやり続ける先に会社の大きな成長があるし、それを泥臭くやり続けることが、これからの時代のキャリアで重要だとも思っています。

Q. 採用する側は何を基準に選んでいるのか。

佐野 翔一朗/Craif

私も採用面接を担当しているので、その観点で言うと。過去に、自分で意志を持って何かをやろうとして、最後まで責任を持ってやり切ったか。挫折を味わいながら突破してきたか。スキルも含めて総合的に判断はしますが、一番根幹の絶対条件はそこです。

堀井 亮太郎/天地人

仮に私が採用する側だとすると、ハードスキルやソフトスキルも重要かと思いますが、自身の意志の有無等、マインドの部分も重視すると感じています。組織も小規模な場合が多いと思うので、その上で自律的に動けるかどうか、自身で目標とそこへの道筋を正しく設定できるかどうか、という点が重視されるのではないでしょうか。

イベントの題は「あなたのビジネス経験が、未来を動かす」。2人の答えから見えたのは、動かすのは経験の種類ではなく、その経験を「意志を持ってやり切ったか」で語れるかどうかだった。

イベント概要

あなたのビジネス経験が、未来を動かす~最先端スタートアップという、新しいキャリアの選択肢~ ── 2026年7月28日、Tokyo Innovation Base(東京・丸の内)で開催。主催は、スタートアップと人材の接点づくりに取り組む東京都の事業「Tokyo Startup Talent」。イベントページ:https://tokyostartuptalent.metro.tokyo.lg.jp/event/0728/

取材・文:伊藤匡平/取材日:2026年7月28日(Tokyo Innovation Base にて)

この記事に登場する企業

  • Craif尿中のマイクロRNAをAIで解析し、自覚症状のない段階でがんのリスクを評価する検査「マイシグナル」を提供する名古屋大学発スタートアップ。全国の大学病院・研究機関との共同研究を進め、すい臓がんの早期発見に向けた医療機器開発にも取り組む。

    医療・バイオ·シリーズD以降·累計¥89.2億·名大発·ANRI·大和企業投資 ほか13社

  • 天地人衛星データとAI解析で水道インフラの漏水リスクなどを可視化するJAXA発ベンチャー。

    宇宙·シリーズB·累計¥10.5億·JAXA発·JAXA·DBJ ほか11社

  • ノックラーンスタートアップ向け中途採用支援「Recboo」を主力に、ディープテックスタートアップの研究者・エンジニアなど採用難易度の高い職種やCXOクラスのハイレイヤー採用を支援する。HR領域特化のAIソリューション「AlgorHRm」も展開。2024年にエアトリグループ入り。

伊藤匡平
開発責任者
伊藤匡平

国内外のWeb3企業にてCTOや事業責任者を歴任。予測市場プロジェクトではグローバルハッカソン受賞実績を有し、プロダクト開発、技術戦略、事業推進を横断して担う。DEEPPOINTでは、メディア・コミュニティ・データ基盤を支えるプロダクト設計、技術開発、事業実装を推進する。