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【第8回】テックリーダーはオタクをまとめられる存在であれ(後編)——Π型人材と「役割ベース組織」の時代へ

2つの専門性を持つΠ型人材は、AI時代の通訳者になる。後編では、正しい判断のためのコミュニケーションスキル、上下の発言力の差(PDI)が生む「沈黙の組織」の危うさ、映画やゲーム制作に学ぶ役割ベースの組織設計までを掘り下げる。連載「AI時代のテックリーダー論」第8回。

【第8回】テックリーダーはオタクをまとめられる存在であれ(後編)——Π型人材と「役割ベース組織」の時代へ

※本記事は茶谷公之さんのnote記事を許諾を得て再掲載したものです。本文は原文のまま、見出し・サムネイル画像のみ編集部で再構成しています。「第2章 テックリーダーはオタクをまとめられる存在であれ」より、前編・後編にわけて紹介します。

出典:https://note.com/oc_publishing/n/nbf0b32866252

4. Π型人材の時代へ

前編でオタクの話をしましたが、その続きを話させてください。オタクの時代が来ると言いましたが、実はすでにAIの進化によって、ひとつの専門性だけでは生き残れない時代が訪れ始めています。

これまでの社会では、「この分野だけは誰にも負けない」という I型人材、つまり、ひとつの縦の専門性を極めることが価値でした。そしてその後、それだけでは足りないということで、専門性に加え、その周辺分野の知識やスキル(横軸)を持つモデル、T型人材という言葉が出始めました。

しかし、AIを使用することで多くの分野で“深さ”にリーチすることができるようになった今、その専門性をどう掛け合わせるかが問われています。

これからの時代に必要なのは、複数の深い専門性を持つΠ型人材です。異なる分野を横断的に理解し、それぞれの専門性を結びつけて新しい価値をつくる人。深さだけではなく、領域を超えて“橋をかける力”を持つ人です。


一つの専門性だけでは届かない時代に

たとえば、エンジニアが法務の知識を持つことで、プロダクト開発におけるリスクを初期段階で減らすことができます。あるいは、マーケターが心理学やデータ分析の知見を掛け合わせることで、より精度の高い施策を打てるようになります。

こうした“掛け算の専門性”が求められる背景には、前述の通りAIの存在があります。AIは単一領域の情報整理や計算は非常に強い一方で、異なる文脈や領域を横断しながら、複雑な判断を下すことはまだ苦手です。

だからこそ、領域と領域をつなぐ力を持った人材の価値が、これから急速に高まっていくのです。


Π型人材は、AI時代の通訳者でもある

また別の見方もできます。皆さんも感じているかもしれないですが、AIが生成した答えを“そのまま信じる”のは危険です。

AIの回答は確かに精度が高いものも多いですが、ときに事実と異なる情報、いわゆるハルシネーションを含むことがあります。また、AIは統計的に“多くの人がそう考えている”答えを出すため、独自性や現場感を欠くことがあるとお伝えしました。このとき、Π型人材はAIと現場をつなぐ通訳者のような存在にもなり得るのです。一つの専門だけでは見抜けない違和感や矛盾を、もう一つの知識軸で検証できる。

「この数値は正しいけれど、現場の感覚ではズレている」「このモデルは理論的には最適だけど、法的リスクが残っている」

そうした違和感を察知できるのが、Π型人材の強みです。AIの提案を鵜呑みにせず、根拠や背景を吟味し、人間としての判断を加えること。

そのためには、AIの回答を理解し、その回答が正しいのかどうかを判断できるリテラシーが欠かせません。


Π型人材で柔軟性を手にいれる

Π型人材とは、言い方を変えると、異なるベクトルの専門性を2つ以上持つ人材のことです。数学でも習ったと思いますが、二つのベクトルがあればどこにでもアクセスできるようになります。つまり、それぞれの専門を掛け合わせることで、両方の知識が相互に作用し、できることが大きく広がるのです。

たとえば、エンジニアがマーケティングを理解していれば、技術だけでなく“どう使われるか”まで設計できる。

あるいは、経営の知識を持つデザイナーであれば、クリエイティブの方向性とビジネスの目的を両立させる判断ができます。

こうした掛け算の専門性が、AI時代における人の強みになるのです。Π型人材は例えて言えば「ユーティリティプレイヤー」です。野球で言えば、守備も打撃も複数ポジションをこなせる選手。監督にとって、試合展開に応じて自在に起用できる存在です。専門性が一つだけの選手では対応できない場面でも、Π型人材は柔軟に動ける。AIやテクノロジーの発達によって職種の垣根が曖昧になるこれからの時代、こうした“どこでも戦える力”を持つ人が、リーダーにとって欠かせない存在になっていきます。AI時代は、スペシャリスト(オタク)の価値がより高まります。その中で、複数の専門性を横断できる人こそが、チームの中で橋渡しの役割を果たす。そして、リーダー自身もまた、一つの専門に閉じずに複数の文脈を理解し、オタクやAIたちを同じ方向へ導く「Π型の視点」を持つことが求められます。


5.テックリーダーにはコミュニケーションスキルも必要

AIがどれほど進化しても、最終的に意思決定を下すのは人間です。だからこそ、間違えない判断をするためのコミュニケーションスキルが、これからのテックリーダーには不可欠になります。


間違えない判断のために必要な対人スキル

正しい判断を下すためには、まず現場の「本当の事実」を知らなければなりません。そのために重要なのが、リーダーのコミュニケーションスキルです。たとえば、上司が部下に対して問い詰めるような口調で質問すると、部下は緊張し、本音を言えなくなってしまいます。その結果、部下からは「社会的に正しそうな答え」や「無難な意見」しか返ってこなくなり、リーダーは現場の実態を正しく把握できなくなるのです。このような状況を放置すれば、やがて小さな情報の隠蔽が積み重なるとともに、上司が正確な現場の状態を把握することができず、組織全体が誤った方向に進んでしまいます。

正しい判断をするためには、メンバーが安心して「本当のこと」を話せる組織構造を意識的に設計する必要があります。


2. 権力交差指標(PDI)の理解とリスク

組織のコミュニケーション構造を考える上で、重要な概念があります。それが権力交差指標(Power Distance Index:PDI)です。PDIとは、上位者と下位者のあいだに存在する「発言力の差」を数値化したものです。PDIが高い組織ほど、上司の発言力が絶対的で、部下が意見を言いづらい空気が強くなります。興味深いことに、このPDIが高い国や組織ほど“遭難しやすい”というデータがあります。いくつかの研究結果がそれを明らかにしています。

  • 航空機事故 PDIが高い国の航空会社では、事故率が高い傾向にあるようです。たとえば、機長の判断に誤りがあっても、副機長が「違うのではないか」と指摘できず、そのまま事故に至ってしまうケースがあるのです。実際、「気づいていたけれど言えなかった」という副機長の証言もあったりします。
  • 登山隊の死亡率 山口周さんの書籍でも紹介されている事例です。アルプス登山隊の分析では、PDIが高い国ほど死亡率が高いという結果が出ています。これは、リーダーに対して「危険だ」と言えない空気があるためです。一方、単独登頂の場合は国ごとのPDIに関係なく死亡率が一定であることから、沈黙がチームのリスクを高めていることが分かります。

山口周氏が説く「素人力」の正体 若者と門外漢がパラダイムシフトを起こす理由 | ログミーBusiness


ビジネスにおける「沈黙の組織」の危険性

この構造は、テック組織やビジネスの現場でもまったく同じです。よく私はこれを例えるときに船でたとえます。それが「船長と社長、どちらの言うことを聞くべきか」という話です。ぜひ皆さんも想像して、考えてみてください。

あなたは会社の人たちと船に乗っています。不幸にも船が荒波にのまれてしまいそうな状況です。経験豊富な船長は「この方向に舵を切るべきだ」と言っています。しかし、その場に社長がやってきて、「いや、こっちに行け」と船長が指す方向とは逆の方向を指示してします。どちらの判断を優先するのが安全だと思いますか?言うまでもなく、荒波の中で最も正しい判断を下せるのは、現場の専門家である船長です。

ところが、PDIが高い組織では“社長の言うことが絶対”となり、現場の判断が無視されることが起こり得ます。ファイナンスを知らない社長がCFOの意見を退けて投資判断を誤る。テクノロジーを理解していない上司がエンジニアの警告を無視する。

こうしたケースも、構造的には同じです。

沈黙が事故を招くのは、何も登山や航空機だけではない。ビジネスも同じなのです。


リーダーが取るべき行動:「雑・相(ザッソウ)」の文化をつくる

テックリーダーは、こうした組織の沈黙が起きないように、PDIを下げるコミュニケーションの文化を意識的に設計しなければなりません。

その一つの考え方が、「ホウレンソウ」から「ザッソウ」へというものです。「報告・連絡・相談」だけでなく、「雑談・相談(ザッソウ)」つまり、立場や部署を越えて気軽に話ができる文化が重要になります。雑談の中で生まれる小さな違和感や愚痴の中にこそ、現場の真実や初期のリスクの芽が隠れていることが多いのです。また、テックリーダーは採用時にもこの観点を持つべきです。マネジャー層やリーダー候補を採用する際には、「ザッソウの文化をつくれる人かどうか」を判断基準に入れることが必要です。いくら技術的に優れた人でも、組織内のPDIを上げてしまうような人を入れると、メンバーが委縮し、やがて組織が“沈黙”してしまいます。それは、AI時代の組織にとって最大のリスクです。


沈黙を防ぐリーダーが、AI時代を導く

AIがどれほど精密な分析をしても、最後に必要なのは人間同士の対話から生まれる「現場の真実」です。沈黙を恐れず、安心して声を上げられる文化を築くこと。それこそが、テックリーダーがAI時代において最も重視すべき“判断の精度を高める仕組み”なのです。


6. これからの組織設計は

AI時代では、組織設計の仕方についても大きく変わるかもしれません。いや、変わるべきかもしれません。最も大きな転換点は「人を中心に組む」から「役割を中心に組む」へのシフトです。つまり、“誰を活かすか”ではなく、“何を成し遂げるか”から逆算して、人やAIをどう配置するかを考える時代になるべきなのです。


映画やゲーム制作に学ぶ「役割ベース組織」

これまで多くの日本企業では、「この人がいるからこの仕事を任せよう」という人中心の組織設計が一般的でした。勤続年数や社歴に応じてポジションが決まる。いわば“配属型”の発想です。これでは、企業の成長の幅は制限され、大きく拡張することは望めません。企業がそのような組織設計が行われている一方で、映画やゲームといったプロジェクト型の世界では、全く逆のアプローチが取られています。

作品のゴールを先に描き、そこから必要な役割を定義し、その役割に最も適したスペシャリストを集める。

こういう映画を作りたいから、この監督を採用し、そこから役者さんはもちろん、カメラマン、音響さん、編集者などを集めていく。このような方式が取られています。AI時代の組織も、まさにこの「役割ベース設計」が求められます。開発、デザイン、ファイナンス、法務、マーケティング。すべての領域で、“何を達成したいのか”というゴールを軸に、そこに最適な人材とAIを組み合わせる柔軟なチームづくりが必要です。この考え方のメリットは、掛け算が生まれることです。

異なるスキルやバックグラウンドの専門家が交わることで、AIには出せない創造的な発想や新しい価値が生まれます。


日本の「人中心設計」には限界がある

日本では、まだまだ「人を見て組織を作る」文化が根強く残っています。既にいるメンバーに合わせて仕事を割り当てる。結果として、「その人に何をやらせるか」からスタートしてしまうのです。これが生む弊害は大きく、

  • 本来のゴールに必要なスキルが欠けたまま進む
  • 人材の入れ替えが難しく、組織の柔軟性が失われる
  • 「あの人のためにプロジェクトが存在する」という逆転構造になる

AI時代に必要なのは、まさに逆算的思考です。ゴールを設定し、そこから必要な役割とスキルを定義し、その上で最適な人材やAIをアサインする。この順番を間違えると、どんなに優秀な人材がいても成果は出ません。


「個人評価」よりも「役割とチーム評価」を

それを前提とし、次に考えたいのは評価制度です。従来型の「個人単位の評価」。たとえばS〜Dのランクをつけるような仕組みは、もはや限界を迎えています。AI時代のチームは極めて多様化しており、一人ひとりの貢献を数値で測ることは難しいからです。例えば、チームの士気を上げる存在。表に見える成果は少なくても、チーム全体のモチベーションを維持している人。こうした貢献は「数値化されないが、確実に価値がある」領域です。にもかかわらず、従来の人事評価では評価されにくい。また、業務も多様化していることから、上司が経験したことのない仕事に従事している人を評価しないといけないことも増えてきます。マネジメントも経験したことがあるからこそわかるのですが、経験したことのない仕事を評価するのは本当に難しいです。けれど従来の評価方式では、そうした場合でもどうにかして評価しなければいけないのです。そうして評価をすると、実態に沿わない評価が行われ、評価を受ける側は正しく評価されない状況に不満を抱え、良い人材が他社へ流出してしまう。そうしたことも大いに起こり得るのです。だからこそ必要なのが、「役割ベースの評価」です。その人がどの役割を担い、どんな成果に寄与したか。

プロジェクト単位で評価を行い、役割ごとに報酬を設計する。あるいは、チーム全体の成功度合いに基づいてボーナスを分配する。この方が、誰かが取り残されたり、不満が残る旧来型の制度よりも、明確でフェアな評価ができるようになります。


海外に学ぶ「ポジション型の昇進構造」

海外、特にアメリカでは、昇進や年収アップはオープンポジション制で決まります。つまり、「空いたポジションがあるから、その役割を埋める人を探す」。役割に応じて報酬が決まり、その人のスキルがマッチすれば年収が上がる。一方で日本は、「その人の頑張り」や「年数」を重視するため、ポジションがなくても昇進する。結果として、役職と役割の不整合が生まれ、現場では“名ばかりリーダー”や“形式上の管理職”が増えてしまう。AI時代の組織では、こうした曖昧さをなくし、役割 × 成果 × 責任という明確な軸でポジションを設計することが求められます。


AI時代の組織は「柔軟に、役割で動く」

AIを含むチームでは、役割の境界が曖昧になっていきます。

人とAIが一緒に仕事をする時代においては、人が“役職”で縛られるよりも、プロジェクトごとに“役割を着替える”ような柔軟性が必要です。映画の制作現場のように、AIがサウンドエンジニアを担当し、人が脚本を手がける。あるいは次のプロジェクトでは、同じ人がAIとともにマーケティングをリードする。

そうした流動的で掛け算的な組織こそが、変化の激しい時代に対応できる理想のチームの形です。


AI時代のリーダーに求められるのは、人を見る力ではなく、役割と組織をデザインする力です。

「この人をどう使うか」ではなく、「この役割をどう実現するか」。その発想の転換が、組織の生産性と創造性を最大化する鍵になります。


まとめ AIと人が共に働く時代のリーダーへ

AIが“人材”として組織に加わり始める今、私たちは改めて問い直さなければなりません。

AIとは何か、AIとどう関わるか。この章で見てきたのは、そのための出発点でした。AIの特性や人間の関わり方など、それらを正しく理解し、両者の特性をどう活かすかを考えることが、これからのテックリーダーの役割の根幹になります。そして、AIを“道具”としてではなく、チームの一員として扱う感覚を持つこと。それが、AI時代のテックリーダーに最も求められるマインドセットです。財務を担うAI、法務を支えるAI、顧客理解を助けるAI。AIが人間と同じように「役割」を持つ世界では、リーダーは人とAIの両方を見渡し、最適なバランスを設計する「指揮者・監督」でなければなりません。そのために、必要なリーダーのスキルも変化します。そうした細かな変化にもアンテナを貼りながら、常に学習していくことが必要なのです。

日本最大のディープテックDB企業1,092社・投資家503社・大学106校
茶谷 公之
オフィスちゃたに代表 / 元PlayStation CTO
茶谷 公之

ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で歴代のPlayStationの開発に携わり、同社CTOを務める。その後、楽天執行役員、KPMG Ignition Tokyo CEO、KPMG ジャパン CDO、マッキンゼーのデジタルチーム Build by McKinsey 日本統括などを歴任。現在、オフィスちゃたに株式会社 代表取締役。数多くの企業の成長・成功支援を行う。執筆家としては、Forbes JAPAN オフィシャルコラムニストとして連載中。著書として『創造する人の時代』(日経BP、2023年)および同韓国語版、『プレイステーションの舞台裏』、"Behind the Scenes at PlayStation: Former CTO Talks about 16 Years of Creation"、『未来を創るリーダーへの道標』3部作(生存戦略編、実践実行編、未来展望編)、"A Compass for Leaders who Create the Future" (Survival Strategy edition, Practical Implementation edition and Future Outlook edition)を刊行。書家 茶谷公哲としては、英米の新生児の名前を縁起の良い漢字で表現した書作品図鑑 "Ink & Blessing" (50 Boy / Girl Baby Names in Auspicious Kanji) Series 4冊を上梓し、世界17のアマゾンストアで提供中。公益財団法人 独立書人団主催 独立書展や毎日書道会・毎日新聞社主催 毎日書道展に書作品を出品。富山書道会 会員、独立書人団 準会員。